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放蕩貴族と銀の天使  作者: トウリン
第一部:地上に舞い降りた天使は護り手など必要としない。

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天使を求めて人の子はひた走る①

「アンジェリカがいないって――どういうことですか!?」

 暗い声のトッドから説明を受けた時、彼には何の責任もないことは判っていながら、ブライアンは思わず目を剥いて詰め寄ってしまった。トッドはその剣幕に呑まれたようにグッと顎を食いしばり、その歯の間から押し出すように答える。

「あの子は昨日の晩から一睡もせずに駆け回っていたから、少し眠らせようと自室に引き取らせて――部屋に入っていったのは、確かに見たんだ。だが、半刻ほどして様子を見に行ったら、いなかった」

 最後の方は、もう、ほとんど唸り声だ。


 がっしりしたトッドの肩が落ちるのを見て、ブライアンは我に返った。

「すまない……あなたを責めたわけじゃないんだ。で、何か書置きとかは?」

 冷静な声を自分に強いてそう訊ねると、呻くような声と共に、トッドがペラリと一枚の紙を差し出す。


「これが」


 そこに繊細かつ優美な文字で書かれたあっさりとした一文は――『コニーを捜しに行ってくる』。


 一読したブライアンもまた、憤りと絶望の呻きを抑えられない。


「まったく、あの人は何を考えているんだ!?」

 ついついそんな台詞が口からこぼれたが、もちろん、アンジェリカの考えていることなど判りきっている。結局、彼女がおとなしく守られていてくれると思っていたブライアンの方が愚かだったのだ。


 ギリギリと奥歯を噛み締める彼の耳に、苦渋に満ちたトッドの声が届く。

「どうやら、部屋の窓から抜け出したらしい。あの子の部屋は裏通りに面しているから、誰の目にも止まらなかった」


 トッドは忸怩たる面持ちでそう言ったけれど、アンジェリカならやろうと思えば正面からでも誰にも知られず抜け出してしまいそうだ。彼女の気概と能力を甘く見たのが一番大きな敗因だろう。


「腰に縄をくくり付けてつなげておけば良かった」

 拳を握り締めそう呟いたブライアンにトッドとポーリーンは何も言わなかったが、その目を見れば、同じことを考えているというのは充分に伝わってきた。

 だが、起きてしまったことは変えようがなく、大事なのはこれからの行動だ。


 ブライアンは荒々しく息をつき、顔を上げる。

「デッカーに連絡は?」

「警官詰所には人をやった」

「何か手掛かりは――」

「今のところ、何も」

 重い声でトッドが唸る。

「この辺の連中が総出で捜しに行ってくれているが、まだこれと言って情報は届いていない」


 連中というのは、店の前に集っていた人々のことだろう。だとすれば、かなりの人数が出ていることになる。


(それでも、まだ何も判らないのか?)


 あれだけいれば、てんでんばらばら、それぞれがやみくもにうろつき回っても何らかの情報は得られそうなものだが、と眉をひそめたブライアンに、ポーリーンがそっと声をかける


「探し始めて、そろそろ半刻にはなるの」


 半刻前と言えば、ブライアンたちがリリアンから話を聞いていた真っ最中というところだろうか。


 アンジェリカがいなくなってから、半刻――トッドたちに部屋に行くように言われてすぐに行方をくらましたのだとしたら、一刻は過ぎている可能性もある。

 決して短いとは言えないその時間で、彼女の小さな足でどのくらい遠くまで行けるだろう。ウィリスサイドの中にいるのか、それとも、セントール――エイリスサイドまで行ってしまったのか。


 そこでふと、娼館でリリアンから聞かされた話がブライアンの脳裏によみがえる。


(もしかして、港?)


 アンジェリカがあの話もしくはその欠片でも拾っていたという可能性はあるだろうか。もしも聞いていたのならば、彼女は港に行ったのかもしれない。


(いや、絶対に行く。彼女なら)


 そう確信した瞬間、ブライアンはゾッとした。


 娼婦に銀髪のかつらをかぶせて眺めていたという、貿易商の男。


 このロンディウムでも銀髪は珍しい。そしてアンジェリカは、これまで数多くの美女に巡り合ってきたブライアンでも目にしたことがないような、類稀なる銀髪だ。


 そして、彼女と親しいコニーがいなくなった。失踪した他の少女たちとは少々毛色の異なる、コニーが。


 それらを偶然の一致と考えるのは希望的観測が過ぎると、楽観的なブライアンですら思う。


(少女たちを――コニーを拉致した者の狙いは、きっとアンジェリカだ)


 アンジェリカのことをつけ狙っていたのならば、いかに彼女が手強い少女かも判っていたはず。力業で攫うことが難しいから、コニーを餌にした。


 ブライアンの中で、嫌な構図が組みあがっていく。そしてそれがあながち的外れなことではないという予感は、彼の頭の中一杯になみなみとみなぎっていた。

 アンジェリカの意思でなのか何者かに呼び出されてかは判らないが、彼女は、今まさにその犯人の間近に迫っているのかもしれない。


 あるいは、これらが全てブライアンの勘ぐり過ぎに過ぎないとしても、アンジェリカが彼と同じ情報を得て港に赴いたとしたら、それはそれで危険だ。港という場所そのものにも大きな問題がある。

 ブライアンは港に足を運んだことなどないけれど、この時間のあの地域の治安の悪さは噂話でさんざん耳にした。男でも危険だというのに、アンジェリカは女性だ。か弱くはないかもしれないけれど、屈強な船乗り数人に囲まれたら、どんなことになるか。


 ブライアンの頭にその光景が雷光のように閃き、恐怖で血の気が引く。

 今この瞬間、心から、ただアンジェリカの無事だけを祈った。

 アンジェリカが何事もなくこの店に帰ってきてくれるのなら、もう二度とブライアンが彼女に会えなくても構わない、とすら思った。


 暴走し出した妄想に、ブライアンはもう居ても立ってもいられなくなる。


「港に行ってくる」

 言いながら、踵を返したブライアンに、トッドとポーリーンがいぶかし気な声を上げる。


「え?」


 困惑する夫婦に説明する時間も惜しかった。扉に手をかけ押し開けながら、必要最低限のことだけ伝える。


「もしかしたらアンジェリカはそこにいるかもしれない。警官詰所に行って、何人か警官を寄越すように言ってくれ」


 険しい声でそう言い置いて、ブライアンはもう振り返りもせずに駆け出した。


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