プロローグ:運命の出会い
友人のセドリック・ボールドウィンの屋敷から追い出され、ブライアン・ラザフォードは少々面白くない気分で、あまり足を運ぶことのない下町の路地裏を歩いていた。
ボールドウィンとはかれこれ十五年以上の付き合いになるが、彼は近頃めっきり付き合いが悪くなった。
理由は明白。
結婚、だ。
ボールドウィンとは、たいていの楽しいこと、そして少々悪いことを、ともに嗜んできた仲だ。
だが、彼はつい先日恩人の娘であるエイミー・メイヤーを妻に迎え、夜遊びはおろか昼間ですら遊び歩くことをしなくなってしまったのだ。まあ、もともと、彼が遊び人を装っていたのはエイミーへの想いを隠すためだったようだから、彼女を手に入れた今は、もう取り繕う必要もないのだろうが。
おまけに、遊び仲間であるブライアンのことは可愛い妻に近づけたくないようで、エイミーがいない時しか屋敷に入れてくれない。今も、彼女が帰ってくるからと尻を蹴飛ばされてきたのだ。
貴族の結婚というものは、もっと淡白なもののはずだというのに、ボールドウィンは妻への溺愛ぶりを隠そうともしない。エイミーに縛られるのを嫌がるどころか、自ら首に鎖のついた輪っかをはめて彼女にその先を持たせているのだ。
ブライアンにしたら、他人を縛ることも他人に縛られることも、受け入れ難い。
だから、今のボールドウィンの心境がさっぱり理解できない。
まあ、ボールドウィンは両親も兄弟もおらず、結婚を急ぐことはある意味義務のようなものでもあったわけだし、それが幸せなものならば、言うことはないのだろう。
(もっとも、他人ごとじゃないのだけどな)
彼は胸の中でぼやいた。
ブライアンも三十歳をいくつか越え、ボチボチ真面目にラザフォード伯爵家の跡継ぎである自覚を持ち始めなければいけないのだということは、解かっている。その義務の筆頭は結婚だ。ラザフォード家を継いでいくものを作ることは、何をおいても成し遂げなければいけないことだ。
純金もかくやという金茶色の髪、緑柱石のような緑の瞳。
甘さを漂わせる整った顔とすらりとした長身は、老若男女の目を奪う。
秘密めいた囁きと華麗な物腰で誘えば、どんな女性も一発で落とせる。
募ればいくらでも妻候補は集まるだろう。
だが、しかし。
(世に美しい花は溢れんばかりだというのに、どうして一人に絞らなければいけないんだ?)
数多の美女と恋を重ねてはきたけれど、まだ、心を奪われたことはない。そしてこれからも、そんなことが我が身に起こるとは、ブライアンは毛の先ほども思っていなかった。
いずれ、義務をわきまえた、美しく賢くしとやかで理性的な女性を見つけ、適当に跡継ぎを二、三人ほどもうけた後は、それぞれが楽しむ道を進んでいく。
それが、ブライアンが描く理想の未来図だった。
それが理想であると、信じて疑わなかった。
――気まぐれに迷い込んだ寂れた路地の一画で、ふわりと舞った銀色の輝きに目を奪われた、この瞬間までは。




