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さよなら、アカプルコ  作者: 佳名哉
6/8

Acapulco realized

 アカプルコは世界が嫌いだった。生まれてからずっとそうだったし、これからもそれは変わることは無い。

 何もしていないのに、世界は容赦なく傷付ける。

傷口に塩どころか硫酸を塗りつけても平然としている。そんなものを好きになれるわけがなかった。世界に造られた人間、動植物も同様に憎悪すべき存在だった。


下手をすれば人間のほうが、世界より嫌いなことが多い。この世に自分を産み落とした両親も、嫌いだった。もうずっと昔から連絡は絶っている。


 部屋の中には最低限の家具しかなかった。雑貨や書籍の類は全くない。幼い頃は濫読していた時期もあったが、あることがきっかけで一切読まなくなった。

 酒も煙草もやらず、美食にも関心がないので、部屋は独房のような空疎さだった。


 生まれてからずっと、檻の中で生きてきたようなものだった。世界はマイノリティを淘汰する。それに抗ってきただのような人生だった。


 世界への最後の抵抗が、殺人だった。人を殺すことに躊躇などなかった。世界には殺していい人間と、死んでもいい人間しかいない。


 もちろん、自分も例外ではない。

 遥か昔から死にたかった。寝ている間にミサイルが飛んできて世界が滅茶苦茶になるか、誰か入り込んで来て刺し殺してくれ、と願ったものだった。

 同年代の子供がサンタのプレゼントを願うことと同じ感覚で、自分の死を祈っていた。

 しかし無慈悲な世界はそれを叶えてくれはしない。それどころか、試練ばかり与えてくる。

 

 溜め息を吐いて立ち上がる。考えも詮無いことだ。

 歩きかけて、一度振り返った。


 目が合った。


 限界まで見開かれていて、散瞳が始まっている。


 その上に、コバエがぶうんと遊びに来て、黒目の部分へ止まったが、反射的な瞬きもなかった。もう片方の目は、ただの赤黒い空洞になっていた。そこへアリが行軍していく。醜悪な本性を皮の下に隠した人間より、動物的な本能しか持っていない虫に、アカプルコは好意を持った。ほんの少しだけだが。


 それをつまらなそうに一瞥すると、今度こそ、その場から去った。前回と同じ轍を踏まない為に、余計なものは持ってきていない。念を入れて身体中を確認すると、全てあるべき場所にあった。

 

 殺さなければならない人間は、まだいる。

そいつらは今日、この眼で確認した。独善と独裁で構成された女子高生。

女子高生、未成年の女子と知っていてもアカプルコはいつもと違って何かしようとも思わず、性欲も湧かなかった。ニュースで異性にだけ暴行を働く屑を見ると、吐き気と疑問がこみ上げてくる。


 かといって、アセクシャルというわけでもなった。こんな自分でも、短期間だが、女と砂糖でコーティングされた甘ったるい洋菓子のような生活を送ったことがある。見かねた神が、自分に与え給うた贈り物だと確信したような女だった。


 だが世界は何処までも残酷で、女の正体は単なる夢魔だった。

 そんな生活の破局から得たことは、やはり人間など大嫌いだ、という事実の再確認だけだった。


 あれは失敗だった。あらゆる意味で、大失敗だった。

 思い出すだけで、また新たに一人殺したくなる。一日に一人と決めているのに。無意識の怒りで足早になり、いつもより早く駅に着いた。


 帰宅ラッシュを避けるために、今時ドアにカウベルを吊っているようなうらぶれた喫茶店に入り、コーヒーを注文した。憑かれたように携帯を見る趣味も、本も持っていないので、電車が止まるたびに、ホームから吐き出される人間の姿を頬杖を見て眺めているフリをした。


 あの中に、自分と同じ人間がいるのだろうか?


 親の奴隷だった時分から、人いきれがするような群集を見る度、そう考えることが癖になった。万が一、同じ人間がいても如何もしないが。傷を舐め合うだけだ。愛情も同情にも関心は無い。


 スーツを着た人間が多い中、人目を避けるようにして一人の人間がパーカーで顔を覆うようにして飛び出してきた。一度、周囲を警戒するように見渡し、確固とした足取りである方向へ、アカプルコが先程までいた方向へ向かう。幸か不幸か、喫茶店の中まで覗かれなかった。


 最近、よく見たことがある人間だった。忘れようにも、その印象が強烈過ぎる。


 何故こんな場所にいるのだろう? その答えはすぐに出た。アカプルコをつけていたのだ。捕まえるつもりか、殺すつもりか。

 どっちでも、どうでもいい。

 香気が飛んでしまったコーヒーが運ばれてきた。口中を湿らせると、苦いだけの味が舌を侵食した。


 


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