Acapulco Thinks
アカプルコはインターネットと暴力が嫌いだった。
跡には何も残らない存在は、嫌いだった。
そもそも、手紙でやればいいことを大袈裟にアプリだの何だので複雑化したように見せて簡易化させていることも受け付けなかった。
アカプルコは両手で顔を覆って考えた。寝転んでいる場所は、即席の時限爆弾で燃やしたワンルームのアパートではなく、別の部屋だった。
時計の針は丑三つ時。美容を気にしている訳ではないが、早く寝たい。が、眠れない。
あいつの所為だ。
アカプルコは覆った手の下で眼を見開いた。
女子高生という生物は面倒くさい。人の生き死にを娯楽と思っている、危機感不感症だ。故に、逆に今回のことをネットに流出したのではないか、とアカプルコは考えた。
アカプルコが女子高生の立場になるなら、まず、自分たちの友人のような、クローズネットで晒すのではないか?
そしてそこで誰も咎めるまともな人間がいなかったら、匿名掲示板に流れるだろう。
アカプルコは起き上がり、携帯電話で探してみよう考えた。
元々、携帯電話は大嫌いで、アプリの類はおろか、メール機能すらあまり使っていないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
慣れない手つきで検索サイトに文字を打ち込んでいると、知らない番号が映し出され、同時に耳障りな電子音を立てて震え始めた。知らない番号だった。だが、もしかしたら、という可能性はあった。
だが、何故、バレた?
逡巡していると、留守電に変わった。自分の声を吹き込むことなどしていないので、声は機械的な女の声だった。「ピーという発信音の後にお名前とご用件をどうぞ」という単調な声が、空虚な部屋に飽和して反響する。
甲高い電子音が鳴る。一瞬の停滞の後に、暢気な若い女の声も。
『もう寝ちゃってるかなー? 夜分遅くにゴメンね、殺人鬼サン』
アカプルコは固まった。脳内は色つきの様々な思考でピンボールが起こっていた。
ひときわ大きな、紅色のボールがアカプルコの脳内へショットを喰らわせた。なるほどね。
アカプルコは電話を取らなかった。録音されている可能性がある。明日、否、もう今日か。今日にもこの電話も捨てなければいけない。
その前にやることが一つできた。
『殺人鬼サン、あのアパートでなくなったモンが一つあるの、知ってた?』
アカプルコは静かな眼で携帯電話の液晶を見詰めていた。凪のように、静かで穏やかな目だった。その奥には微かに優しささえ見えた。
『アレ、見つかるとまずいよねえ? ウチらが警察に持っていったら、殺人鬼サン、死刑だよねえ?』
アカプルコは微かに眉宇を寄せた。
今、こいつは「ウチら」と言った。
単独犯ではない。仲間がいる。アカプルコは唇を引いて笑んだ。
危なかった。単独犯と決め付けて行動するところだった。
仲間がいることを教えてくれたこいつには、何かお礼をしなくてはならない。
だが、生憎と、いや、お陰様で差し出せるものはたった一つしかない。
電話からは、のべつ幕なしに、恐らくは脅迫だろう言葉が公害のように垂れ流されている。喉が渇かないのかしら、とアカプルコはとりとめもないことを思った。脅迫もどきの言葉にも、自分が窮地に立たされたとも思ってはいかなかった。それほど、やわな人生は送ってきていない。むしろ、断崖に自ら立ったのは、このバカな女子高生だ。
こちらから金銭をせびるつもりならば、アカプルコのことは最小限に留めるか、言わないかのどちらだ。女が自分だけ一円でも得をするなら、人情など木星の向こうに放置することを、身をもって知悉していた。当時のことを思い出して、アカプルコの胸に甘美な憎悪が湧き上がってきた。
それから約二十分、アカプルコは、モッキンバードのように囀りまくる携帯電話から迸る音声を聞いていた。相手のボキャブリーと頭の悪さに心配になってくる。
だから、こんなに緩やかな自殺の道を選んだのだろうけど。
最後に相手は、とある場所を指定してやっと言葉の奔流を終えた。睡眠時間を削ってまでバカ女の話を聞かされたアカプルコは八つ当たり気味に携帯電話をソファの上に放り投げた。それは、ソファの背もたれに当たり、バウンドしてソファの裏に落ちた。
やることが多少増えた。優先順位はそれほど上ではないが、それでもやらなくてはいけないことだ。アカプルコは気だるい足取りで、落ちた携帯電話を拾い上げ、ネットにアクセスした。調べることはもう決まっていた。
やれることは、やれる内にやっておけ、がアカプルコのモットーだった。