第四話
宿は集会所からそう遠くない場所にあった。
和風の旅館で、落ち着いた雰囲気。日本のおとぎ話に出て来るかのようだった。
「ようやくのんびりできそうだなぁ」
ダイゴはここまでの戦いで疲れたらしく、少し気が抜けたような声で言う。
「ここで、戦闘の疲れを癒して、仲間を探しに行きましょう」
旅館に入ると、愛想のいい仲居さんが部屋へ案内してくれた。
「うちの旅館は各お部屋に露天風呂がございます。どうぞゆっくり身体を休めてくださいませ」
「ありがとうございます」
そんなやりとりをして、仲居は戻っていった。
部屋の中は落ち着いた木目調の仕上がりになっていて、十分疲れを癒せそうだった。
異世界であるがこの旅館が和風のデザインで建てられているのは、創業者の趣味とのことだ。
「やっと落ち着きましたね。一日お疲れさまでした」
「色々ありすぎて、ようやく休めるって感じだよ」
一息いれよう、とテーブルの上に置いてあるお茶を湯飲みに注ぎ、ゆっくり飲み干す。
そしてダイゴはおずおずと口を開いた。
「――ずっと気になってたけど、改めて訊こう。アイ、君は本当に何者なんだ?」
「ダイゴをこっちの世界に連れてきたときに言ったとは思うけど、私は貴方のいた世界からこちらへ連れてくる使者。そして――この世界の平和を願う女神でもあるのです。貴方以外にも、私が連れてきた人間は何百人、何千人といる。本来であれば、こちらへ連れてきてからはある程度見守った後は独り立ちして、暮らしていくものなのですけど。貴方も独り立ちさせる予定だったけど、どうやって生きていくか見届けたいし、見守らせてもらいます」
言いつつ、ダイゴの側に行き、頬ずりまでしてくるアイ。
「うぐ、近い、近い! そういうことか。アイが女神だったのは、そんな感じの雰囲気はあるなと思ってたけど――。サポートしてくれるなら助かるよ。俺も新しい命をもらった以上、簡単にくたばるわけにはいかないからな」
アイはきれいな金髪美人だ。白いワンピースに神秘的な雰囲気の衣装を着ている。少なくとも、ダイゴが見かけたどの異性よりも可愛いだろう。体つきも出るところは出ているし、ダイゴにとっては刺激が強かった。それをわかったうえで、アイもスキンシップを取ろうとしているのだろう。
「とりあえず、露天風呂に入って疲れを癒しましょう。毎晩背中を流してあげましょう」
「えぇっ! いいよ、自分で洗えるよ」
「いいから、遠慮しないで」
「う、うーん。じゃあ、お言葉に甘えて……」
貸切の露天風呂。手入れされた日本庭園が夕陽に彩られた素晴らしい光景。風呂は命の洗濯よ、と誰かが言っていた気がしたダイゴだったが、浮世離れした美人と入る風呂は確かに格別であった。
頭を洗い終わると、泡立ったスポンジをにぎにぎしながら、ダイゴの後ろに立つアイ。準備万端といった格好だ。
「さー、大変ご苦労様でした。この女神さまが背中を洗って差し上げますよー」
「う、うん――」
心臓が破裂しそうなほど緊張に襲われたが辛うじて声を出すダイゴ。
「――うっ!?」
――この感触は……? 明らかにスポンジではない、何か柔らかいものが、ダイゴの背中をなぞっている。
「えい、えい!」
彼女はスポンジで洗ってるつもりなのだろうか――。おかしい。
「ちょっと待て、それはやりすぎじゃないのか!?」
そう。女神はその豊満な胸をダイゴに押し付けていた。
女性経験の乏しいダイゴは興奮と緊張で頭がおかしくなりそうだったが、なんとか理性を崩壊させることなく事は済んだ。
「そ、そろそろ湯船に浸からないか?」
身体も洗い終えて、我慢の限界を迎える前に、彼はそう提案した。
二人で湯に浸かる。設置されている看板によると、源泉かけ流しの温泉で、美肌効果や筋肉の回復に効果があるらしかった。
「ダイゴ、ごめんなさい。怒りましたか?」
「怒ってはいないけど……。恥ずかしさと興奮で頭がおかしくなりそうだったよ」
「少しでも元気になってもらおうと思って。だめ?」
「俺は君のことが気に入ってるから、いやな気分ではないけどさ。なにかとんでもない間違いを犯しそうだよ!?」
苦い笑いを浮かべてしまう。
「あら、別に私は良いんですけれど」
「うぐ、からかってるのか」
「そんなつもりはないんだけれど、貴方が気に入ってるのよ、私も」
言いながら、目を閉じてダイゴに迫ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は――!」
その途端、
バシャアアアアアアアアン!!
隣の竹の塀を飛び越えて、タオル一枚の少女が湯船に突っ込んできた。
「いちゃいちゃしやがって――――!」
どうやら、ここの旅館は貸し切りの露天風呂とはいえ、完全防音ではなかったようだ。
嫉妬の炎に燃え上がった瞳で、アイの前に乗り込んできたのである。
「別に私たちがいちゃつこうがいいじゃない。女神の本気をみせてあげましょう」
一瞬で事態を理解したアイは、少女を迎え撃つ。
「なんだ、とんでもないことになってきたぞ……」
布きれ一枚に包まれた二人の女性を見つめながら、呆然と立ち尽くすダイゴ。
「うおおおおりゃああああ!」
色々な部分が見えそうになるのもお構いなく、飛び蹴りを繰り出す少女。
「そんなもの当たりません。私の魔法でおとなしくしてもらうわ!」
今まで一切の戦闘行為を行わなかったアイ。左手をかざすと、白い光がほとばしる。
「この全裸補正のかかった私なら、女神の魔法も当たりません!」
全裸の少女は光を避けるように後退する。
「全裸補正ってなんだよ!?」
「そもそも貴方は何者なのですか。いきなり私とダイゴの貸切風呂に飛び込んできたりして!」
「私は勇者のマリナ。復活した魔王と戦うために旅をしているの。で、一人でここの旅館に泊まってたら、隣のお風呂があんたらだったのよ!」
気になってのんびりできないじゃない、と口を尖らせるマリナ。
それを聞くと、アイはにんまりとした表情で、
「あら、それなら私たちの仲間にならない? 一人で旅するのも寂しいでしょう」
「えっ?!」
マリナは驚いた表情で、呆然としている。だが、まんざらでもなさそうだった。
「そうだよ。俺も仲間が欲しいと思ってたんだ。もしよかったら一緒に来てくれないか?」
ダイゴも後押しするようにそう告げた。
「そ、そう。なら、ちょうどいいわ。明日から仲間ってことでよろしく頼むわ」
ひどく赤面しながら、しかし、満面の笑みで答えるマリナ。
全員タオル一枚という光景だったが、ここでめでたくダイゴ一行に新たな仲間が加わった。
「――と、とりあえずお風呂上がろっか」
みんなで仲良く露天風呂を退散したのだった。