第三話
剣の扱いにも慣れてきたところで、次は旅の仲間を集めないといけなかった。
「この森の先に、集会所があるからそこで募集をかけてみましょう」
どうやらこの世界にもいくつかの組織があり、ギルドを結成しているようだった。
集会所へ行けば、ダイゴたちに賛同してくれる味方が見つかるかもしれないとのことだった。
――味方は多い方がいい。
病院で孤独と共に生きてきたダイゴは素直にそう考えた。
これからの戦いがどういうものになるにせよ、アイとダイゴだけではどうにもならない場面が出てくるのは自明だろう。
アイが指指す先には、太陽の光が差し込んでこないような、漆黒に包まれた森が待ち構えていた。
「この森、何かありそうだぞ」
ダイゴの剣を握る腕にもぐっと力が入る。
シャイニングセイバーはそれに呼応するかのように輝きを増していた。
「とりあえず行ってみましょう」
「ああ」
森に入ると、ますます辺りは暗くなった。
シャイニングセイバーを懐中電灯代わりに進んでいく。
木々が鬱蒼と生い茂っており、ほとんど外部からの光は届かず、現在、入り口もダイゴたちが入ってきた場所しか見つからなかった。
すると、大きな牛のような怪物が木陰から姿を見せた。
二メートルくらいはあるだろうか。
「ブモオオオオオオオオ!」
「牛の怪物か!」
「いけー、ダイゴ!」
無邪気にダイゴを送り出すアイ。
「よ、よし、下がっていてくれ」
咄嗟に剣を構え、突進してくる牛を薙ぎ払う。強烈な衝撃に腕がじんじんする。
「うおおおおお!」
叫びながら、気合を入れなおす。
怪物は、Uターンして再びこちらへ向かってくる。
ガキンッ!!
大きな牛の角とダイゴの剣が何度もぶつかり合う。
――このままでは埒が明かない。どうする?
闇の中、牛の突進速度は確かに速い。だがその動きは直線的で、ラインを見切ってしまえば隙を突くのはたやすいはずだ――。
ダイゴは実戦経験はほぼなかったが、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
――今の俺は、いわばゲームの主人公だ。この程度の敵にやられてやる義理もない。
深く息を吸い込み、肺に新鮮な空気を送り込む。
そして腕に力を込めると、シャイニングセイバーの出力も大きくなる。
そのままダイゴめがけて直進してくる相手を見切り、素早く左側へジャンプし牛の背後を取る。
怪物は避けられたことに気づくが、Uターンするにもわずかなタイムラグが生じる。
「どうだっ!!」
その無防備な背中に、ダイゴの叫びと共に、振りかぶった光の剣が炸裂する。
アイが気づいた時には、牛の怪物は縦一文字に切り裂かれていた。
倒した牛の怪物は砂のように姿を変え、そのまま消滅していった。
「お疲れ様。ケガはない?」
「ありがとう。直線的な攻撃で助かったよ。初めてだったにせよ、無傷で倒せてよかった」
そんなやり取りをした後、アイが思い出したように、
「私からプレゼントがあるのです。今のでダイゴのレベルは一気に5になった。じゃじゃーん。これでこの盾を装備できます」
ニコニコ笑いながら、どこからともなく、自動ドアのようなものがついた盾を取り出した。
「これは?」
「これは『ヒーリングシールド』。相手の攻撃を吸収して、自分の体力と攻撃力を回復できるの。ただし吸収できる上限があるから気をつけて」
「相手の攻撃を吸収できるのか。面白そうだ」
左腕に装備したが、この盾もそこまでの重量はなかった。材質は鉄のようだが、何でできているのか、ダイゴには皆目見当もつかなかった。
気を取り直し、一層注意深く進んでいく。相変わらず暗く、どんよりとしている。
「ダイゴ、どんな人を仲間にしたい?」
アイがのんびりと話しかける。
「そうだなあ。やっぱり真面目で一所懸命な人がいいな。性別とかは、そんなにこだわらないし。強さだって、一緒に戦っていくうちに上がっていくだろうしさ。信頼できる人柄なら、嬉しいかな」
「そうですよねー。私も、ダイゴのことは見守っていきたいから、なるべく裏切られない仲間がいればありがたいです。そういう人きっと見つかるよ」
ダイゴの肩を揉みながら、アイは言う。
一方のダイゴは顔を真っ赤にしながら
「わ、わかったから。あまりベタベタすると、危ないぞ」
などと、アイを引き離す。
「顔が赤いですよ? あ、わかりました。美人の私に肩揉んでもらえて嬉しかったんでしょ!」
「お、おう。戦うと肩がこっちゃうからな……。というか、俺はあんまり女の子に免疫がないんだよ、許してくれ! 別にだからといって男女差別する気もないしな」
「そうですか、そうですか。じゃあずっと側にいてあげるから。そのうち慣れますよ」
――俺のこと導いてくれるのは、ありがたいんだけど。恥ずかしいな。せっかく連れてきてくれたこいつを俺が守ってやらなくちゃ。
ダイゴは、病とずっと一人で戦ってきたからこそ、こういう話ができるだけでも幸運だと思えた。
道中、スライムの敵や巨大なハチのモンスターが襲いかかってきたが、どれもダイゴの敵ではなかった。
ようやく出口が見えてきたころには、アイいわく、ダイゴのレベルは15にまで上がっていた。
シールドの能力を使う機会がなかったのを残念に感じていたが、無事に漆黒の森を突破出来たのだった。
ようやく日の光を浴びる。
「もうすぐ到着か」
「あそこに見えてるのが、集会所よ」
少し歩くと、焦げ茶色の建物が見えてきた。今までは人間にあまり会うことはなかったが、あそこでなら情報も集められそうだった。
建物の周りにはたくさんの冒険者で賑わっており、食堂や酒場もいくつかあるようだった。
「お、新入りかい?」
重い扉を押しのけ酒場に入ると、誰かが声をかけてきた。
その男――ジョウは銀色の甲冑に身を包んだ、槍使いだった。
周りにいる腰巾着によると相当な使い手とのことだった。
「俺たちは仲間を探してるんだ。この世界を救う旅をしているんだ」
ダイゴは、まっすぐな眼差しでそう答えた。
「フン、救世主ねえ。どこから来たのか知らないが、その程度のレベルじゃここから先には進めないぜ」
「なんだと。それなら、あんたが仲間にでもなってくれるっていうのか?」
ダイゴはこの男に対して、嫌悪感があった。
恐らく、この酒場ギルドを仕切るお山の大将といったところだろう。
「その後ろのお嬢さんを寄越してくれるってんなら、考えてやろうじゃないか?」
――安い挑発だ。
「貴様。それが狙いか」
「怒るなよ。もし俺を打ち負かすことが出来たら、その女は諦めよう」
「その言葉、二言はないな」
「勿論だ」
すぐさまお互いに剣を抜き、広場に躍り出た。
「悪いが、すぐに勝負をつけさせてもらうぞ――」
ジョウは言うが早いか、研ぎ澄まされた穂先を突き出してくる。
「うおっ!」
間一髪頭を反らして躱す。
そもそも剣と槍ではリーチが違いすぎる。ダイゴは必死で怒涛の攻めを躱し切る。
「そらそらぁ! 逃げているだけでは勝てんぞ!?」
――このままではやられる。
ダイゴは直感だけに頼り、避け続けていたがそれも時間の問題だ。
「負けられないんだ。むんっ!」
ダイゴは敵の一突きを捉え、剣で槍を押さえつけた。
「く……俺の槍を見切るとは、やるな」
「これなら攻撃できまい。このままお前の槍を粉砕してやる」
「俺の槍がただの槍と思ったか?」
「――何!?」
ジョウの持つ槍、その刃の付け根から炎が噴き出した。その灼熱の炎は瞬く間に渦となり、槍を覆いつくした。
「ぐわあああっ!」
あまりの熱さに、押さえつけていた槍から離れる。
「これが俺の焔の槍――『バーニングランス』だ。貴様の光の剣でも破れるかな?」
そう言って、槍を振るうと熱風の衝撃波を撃ち出してきた。
「うわっ!」
「この技こそ、この槍の真骨頂。決して貴様の間合いにはさせぬわ」
衝撃波を自在に連発し、大きく笑うジョウ。
しかしダイゴも負けてはいなかった。
「それはどうかな? ヒーリングシールド!」
ダイゴがそう叫ぶと、シールドの扉が開き、前面にブラックホールのような空間が出現した。
連射された獄炎の熱風を吸収し、自らの力に変える。そういう盾だった。
「こいつはすげえ。まるで掃除機だ」
「俺の衝撃波を吸収しているというのか!?」
「その通り。貴様が撃てば撃つほどこちらに吸収されるという寸法だ!」
「ならば――切り裂いて終わりにしてやる!」
炎の槍を構え、猛烈な勢いで斬りかかってきた。
だが高温の衝撃波を吸収し、ダイゴの力は膨れ上がっていた。
「お前から吸収した力を俺の剣に込める。行くぞ!」
光の剣、シャイニングセイバーがその輝きを増す。光の粒子で構成された刀身はどんどん大きくなっていく。
「これで――終わりだああああ!」
巨大な光の柱は、敵の炎を押し返し、薙ぎ払った――。
「ぐおおおおお……!!」
ジョウは武器を破壊され、膝をついた。
「まさか、俺の攻撃を自らの力にするとは――。これほどの差を見せつけられ、今更共に行こうとも思わん。あの娘も諦めよう。さらばだ」
「いや、俺も自分の武器の性能に頼りすぎていた。もっと精進するよ。じゃあな」
ジョウは取り巻きを引き連れ集会所を後にした。
「私のシールドをうまく使ってくれましたね」
固唾を飲んで見守っていたアイが駆け寄ってくる。
「すまない。何とか君を守れてよかったよ。だが、このシールドは物理攻撃に対してはその能力を使えないみたいだ。俺自身の戦闘スキルを上げないと、いざという時、対応しきれなくなるな」
「大丈夫。まだまだ経験は浅いけど、戦っているうちに慣れてくると思いますよ。とりあえず今日は日も暮れてきましたし、まだこの世界にきて一日目。そろそろ宿で休みましょう」
「そうだな。疲れたし、ゆっくりさせてもらうよ」
そう言って、二人で宿へと向かった。