14 思い出
「少し休んだら?」
そういってみんなが気遣ってくれるけれどじっとしている方が余計に辛いのだから仕方がない。
首を振り大丈夫だと伝えると一様に目を伏せて言葉を詰まらせるのだからきっと傍から見るとローラは酷い顔をしているのだろう。
あれから直ぐに隣村から鳥が飛んできてグリッドの到着が遅れているがなにかあったのかと問い合わせが来た。
薬草師の力が必要な隣村の元へクラップが急いで向かい、残りの男たちはグリッドを探すために準備をして出ていった。
女たちは男たちが疲れて戻ってきた時に少しでも空腹や乾きが満たせるようその準備に追われている。
祭りの時に使われる村の中央にある広場に集まり石を積んで簡易的な竈を作り、家にある野菜や燻製肉を持ち寄ってくるようにと指示を出すのは年長の女たち。
子どもたちも普段と雰囲気が違うことを敏感に感じ取り不安そうに広場の端で集まりおとなしくしている。
心は穏やかではなくても体は動く。
それでも自分で考えて行動できるわけではないので言われるがまま野菜を洗って皮を剥き、切るだけになったものを抱えてまな板が準備されている場所へと持っていく。
そこにはそこを任されている女たちがいてそれ以上ローラがすることはなにもない。
一応手伝おうかと言ってはみるがやはり「いまのうちに休憩しなさい」と返される。
仕方なくその場を離れてできることはないかと周りを見渡してみてもそれぞれの役割をしっかりと確保している女たちから仕事を奪うことも譲ってもらうこともできそうになかった。
「私だけ休むなんて、できない」
手伝いのできる小さな女の子でさえも忙しく動いているのに。
いつもは隙あらば走り回って遊んでいる男の子たちも親に言づけられて家へ物を取りに走ったり、水を汲みに行ったりと従順だ。
それらができないほどの小さな子たちの面倒はフラニーのように子供を産んだばかりの若い女たちが見ていて、そこにもローラは混じることができなかった。
すっかり手持無沙汰になってしまっている上に、みんながこちらを心配そうに見ているものだから居心地がすこぶる悪い。
腫物を扱うかのようにみんなが異常に気遣っている現状に嫌気がさして足先を自宅へと向けた。
広場を抜けて人の気配が遠退いていくとたちまち常になく静まった村の中にひとり取り残されたような感じがする。
今のセロ村は生活感や匂いだけを残して住民たちが全員消え失せたかのような錯覚に陥らせた。
寂しい。
ローラが愛しているセロ村はここに住む全ての村人たちがいて初めて大切なものになるのだと改めて突きつけられたような気がした。
誰が欠けてもだめなのだ。
父も母も、クラップやキキ、それからフラニーもジョーだって。
みんな。
「必要なのに……」
一番肝心な人がいない。
村人総出でその身を案じて探しているのは、彼がみんなから愛されているからだ。
無事であって欲しいと祈り、帰りを待っているのは大切な村の一員だから。
「グリッド――――」
どこにいるの?
なにがあったの?
どうしてこんなに不安にさせるの?
お願いだから。
「今すぐ、ここへ」
戻ってきて。
安心させて欲しい。
そうしたらこの腕に抱きしめて思いっきり。
「文句言ってやるのに」
その後でなら。
少しくらいは素直になってもいい。
好きだと、言ってやらなくもない。
だから。
「帰ってきて……」
潤んできた視界を瞬きして涙を散らした。
今は泣く時ではない。
泣くのは最悪の時か、喜びの時だ。
今はオーランの言葉を信じて待つしかない。
必ず連れて戻ると約束してくれたから。
たとえそれがどんな姿であろうとも帰ってきてくれればそれ以上を望みはしない。
太陽は真上に輝き雲ひとつない綺麗な青空を見せてくれている。
とても悲しいことが起こるようには見えない。
みんなが一生懸命探してくれているからきっとすぐに見つかる。
「大丈夫……」
きっと太陽が沈む頃にはみんな帰ってきて「疲れたな」なんて言いながら料理を食べて、酒でも飲み交わしながら今日の出来事を最後には笑い話にできるはず。
ふと道の途中で足を止める。
ここはジョーの家から連れ出された後で喧嘩した場所だった。
今来た道を振り返れば「会いたくなったから来た」と手を引かれて歩いた道だと気づく。
更に家へと向かう道を辿れば朝早くに頭を冷まそうと散歩に出た時にグリッドと鉢合わせした所に出る。
村のどこにでも思い出があって、いつだってグリッドがいた。
膝が震えてしゃがみ込みそうだったがローラは必死で家の中へと入り自室へと向かった。
休む気などなかったけれどとてもじゃないが立っていられそうにない。
部屋の空気は太陽で温められておりじっとりと纏わりつくようだった。
重い足を引きずって窓辺に寄り上へと押し上げて開けると風が入ってきてほんの少しだけ気分が良くなる。
壁に寄り掛かるようにして風に当たっていると目の端に備蓄用の倉庫が目に入った。
途端に耳に蘇る声。
――おれは待ってるから、ずっと。
その言葉にローラは何と答えたんだっただろうか。
確か待つ必要は無いとかそういったことを言ったはず。
あれは完全に自分の恋に見込みがないと分かりいよいよ諦めなければならないと覚った夜の出来事だった。
ローラはあの場所でひっそりと隠れて泣いていた。
誰にも見つからないように。
でもグリッドには見透かされていてあの日もすぐにやって来た。
恋に破れて悲しむローラの隣に座って「待っているから」と告げたのだ。
待つというのはローラの心の傷が癒えるまでだったのか、それともローラの気持ちが彼に向くまでだったのか。
分からないけれど結局はグリッドの思惑通り。
それでも分かっていてローラは彼を好きになったのだから結局はグリッドの根気勝ちだ。
はらりと零れた涙を抑えられなかったのは想いが溢れてしまったから。
こんなにも苦しくて、切ないのは片思いをしていた時以来だ。
こんな思いをさせるグリッドに責任を取ってもらわなければ。
いや。
そんなことを言ったらローラよりも長い片思いの責任を取れと彼に言われてしまいそうだ。
「グリッド、グリッ……」
名前を呼ぶだけで涙が溢れて止まらない。
随分と遠回りして、随分と彼を待たせてしまった。
「うっ……ごめ、ごめん」
絶え間なく後悔が胸に押し寄せてきて、泣くまいと決意していたというのに簡単に泣きじゃくっている自分は我ながら鬱陶しい。
聞くべき相手がいない謝罪が空しく部屋に響くことも憐れっぽくてローラの性格上受け入れがたいというのに。
ずるずると床に座り込み膝を抱える。
そうするとちょっとだけ気持ちが和らいで弱々しく息を吐き出した。
注意しないとしゃくりあげてしまいそうになるので呼吸するのも一苦労だ。
そう言えばこんなに泣いたのも久しぶりだ。
子どもみたいにわんわん泣いて。
誰もいないからってあまりにも恥ずかしすぎる。
目が腫れているだろうからみんなの所に戻るのには少し時間がかかる。
泣いていたなんて知られたらローラの気持ちがみんなにバレてしまう――もしかしたらもう知られているのかもしれないけど。
それでも強がりたい。
どんな見栄だと笑われても。
「少し、少しだけ……」
ゆっくりと瞼が重くなってくる。
気を張り過ぎて疲れてしまったのだろう。
それが分かっていたからみんなはローラに少し休めと言っていてくれたのだと気づいた時にはうとうとと心地よい眠りについていた。