プロローグ
「もうすぐ誕生日だけど、なにが欲しい?」
そう言って笑う顔は小さな頃からなにひとつ変わらない。
もちろんあの頃に比べて身長はぐっと伸びて高くなったし、華奢だった体つきも骨や筋ががっしりとして男らしくはなった。
いつも柔和に微笑んでいるから目尻に笑い皺が刻まれているし、声だって落ち着いた穏やかなものへと変化していて年月の経過を嫌というほど感じられもする。
ということは幼馴染である自分も同様に年を取っている――つまり老いて行っているということ。
「……お祝いしてもらえることを喜べるような年じゃないこと、あんたも分かってるんでしょう?ほんと嫌味な男」
結婚適齢期はとうに過ぎた。
その美しさをもてはやされ「どうか私の妻となってください」と男たちに求婚される時期は限りなく短く、だからこそ女たちは自分を磨き自分にとって理想の伴侶を選ぶために必死になる。
女が一番綺麗で魅力的な年齢の時に大きな失恋――十年以上も好きだった相手――をしてしまい、次の恋など考えられずに塞いでいたから。
恥ずかしながら、嫁ぎ遅れてしまった。
村長の娘だから少しくらい遅れても相手は見つかるだろうと、どこかで甘く考えていたことは素直に認める。
「年齢のことを言いだしたらおれだって。嫁を貰い損ねてる残念な男だってこのセロ村では有名なんだから」
嫌味なのはローラも同じだね。
なんて怒りもせずにさらっと言い返してくる幼馴染は、ローラをまっすぐに見つめた後でにこりと何故か笑った。
「で?なにが欲しいの?」
問われても即答できないのは欲しいものがなにも無いからだ。
それに彼から贈り物をもらう、ということに多少の罪悪感もあった。
「相手がいない者同士で傷をなめ合うようなこと、いい加減止めない?」
「なんで?いいじゃない。おれが好きでやってるんだし、もしそれが嫌ならローラが誰かと婚姻を結んでおれを諦めさせてくれたらいいんだ」
「な……!あんたこそ、べつに私のことなんか気にせずに誰かと一緒になればいいのよ」
グリッドの自分勝手な言い分はどこか切ない響きを伴っているようでいて、完全にこちらを責めている。
いつまでも中途半端なままでいるのが苦しいのなら、どっちかに決めればいいのだとその薄い水色の瞳が訴えているのだ。
この男はずるい。
どうしてローラに選ばせようとするのか。
お互いにそれらしい相手がいないまま大失恋から五年経った。
ローラが失恋して泣いている傍でグリッドは「おれは待つよ。ずっと」と言ってくれたが、待っているだけでなにも行動しない男になにを期待すればいいのか。
「おれは自分の誓いを破ったりしない。まさか忘れた……とかいわないよね?」
でもこうして時々ちらちらと匂わせる好意が浅ましく、そしてローラを惑わすのだから正直腹立たしい。
「ローラが誰かと結ばれたらおとなしく引き下がって祝福するよ。それからどうするか決めるつもり」
「あ、そう。勝手にすれば?」
ローラの幸せを簡単に祝福することができるほど、グリッドの自分への思いは強くは無いのかと失望しつつ、直ぐに嫁を見つけるつもりがないのだという部分では安堵もしていて相反する感情に翻弄されながら言い捨てた。
グリッドといると疲れる。
そこが彼を選べない理由のひとつかもしれない。
背を向けたローラを止めもせずに見送るグリッドの引き際の良さもまた、彼の真意を見えなくしていて理由も無く苛々した。