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竜宮の使いと天人崩れが見た夢

作者: 與七

天界―冥界の遙か上に存在する、天人たちが住まう世界。無事に成仏した安らかな魂たちや、欲というものとは無縁のものたちが暮らすこの地こそ、ある意味一番幻想郷で「楽園」といえる場所かもしれない。


・・・というのはあくまで表向きの話である。輪廻転生を断ち切った者が行く天界は飽和状態と化し、その結果冥界に留まる事を余儀なくされた幽霊は多くなった。ノルマを達成したにも関わらず、天界に行くことの出来ない哀れな霊はごまんといる、と聞く。もっとも、今現在私に降りかかっている問題はそこではない。欲とは無縁というのが当たり前のはずのこの地において、それを真逆で行く者が存在する事。そして、私がその者と深く関わってしまっている事。それが一番の問題・・・なのかもしれない。


竜宮の使いである私は、ある一人の少女の教育係を申しつけられた。泣く子も黙る総領主の娘―あの我儘の限りを尽くす厄介なお嬢様である。本来であれば、彼女の世話係は天女が務めるものである。しかし、傍若無人という言葉そのものの彼女の言動は、何人もの天女たちに身体的・精神的なダメージを容赦なく与えたと聞く。心の病を患う寸前まで痛めつけられたものも何人かいるとの噂もある。そのような事情で、彼女の世話係を辞退する者が後を絶たず、そんな折にどういうわけか、私に白羽の矢が立てられたのである。


一体どういう風の吹き回しなのか、と総領主様に失礼の無いように質問したところ、何のことはない、この私の能力を買ってのことである、そうだ。確かに空気を読むことができるのは私の能力ではあるが、それだけで抜擢されたというのも不思議な話ではある。流石にそれ以上深く詮索することは躊躇われたので、空気を読んでその場を後にした。



「総領娘様、こちらにおいででしたか。探したのですよ」

「何?」

総領主の娘、天子は私の顔を鋭い目で睨み付けた。

「あーあ、どうせまたお説教なんでしょ。その顔見ればわかるし」

「・・・」

「手短かに頼むわね。面倒臭いから」

「かしこまりました」

私は言葉少なに彼女に返事を返す。あまりにも我儘で傲慢な態度ばかり取るため、彼女には、少し前に毅然とした態度で接したはずである。あの時の総領娘様は目に涙を浮かべながら謝罪の言葉を述べていたはずなのだが、それもいまやどこ吹く風である。喉元過ぎれば熱さを忘れるというやつだろうか。

「まったく、あんたは私の教育係って扱いだから色々言いたくなるのはわかるけど、私だって色々やりたい事があるの。わかる?」

私が教育係として、一通り彼女に注意を促した後―彼女が私に言った言葉がこれである。一瞬で立場が逆転したかのような錯覚。

「そもそもなんであんたなのよ、もう。竜宮の使いの分際で」

「・・・」

「いつもの天女たちなら私の指図は黙って聞いてくれるし、説教なんかする人なんかいなかったし。あーあ、本当最悪。嫌な感じ」

「総領娘様―」

「何よ、まだ何か言いたい事でもあるわけ?」

総領娘様は不快感を露わにした表情を向けながら言う。

「もううんざり。まったくもー嫌。うざいうざい」

彼女の言葉で思わず表情が強張りそうになったが、何とか私は持ちこたえた。

「総領娘様、そのような言葉遣いは慎んだほうがよろしいかと。仮にも貴方は―」

「ええそうよ。この私は総領主のお嬢様よ。で、そんな私にそのような偉そうな言い方をするのは慎んだほうがよろしいんじゃないかしら?ただの竜宮の使いさん」

総領娘様は不機嫌な表情を浮かべながら、私に皮肉たっぷりな答えを返す。

「・・・」

これ以上、彼女を刺激しないほうが吉。そう読んだ私は無言のまま、去ってゆく総領娘様の背中を見送るしかなかった。


「ふう・・・」

思わず溜息がこぼれてしまう。これから先、どれほどの間彼女のそばに居なければならないのだろうか。総領主様はボイコットした天女たちの代わりが見つかるまでと私に告げてはいるのだが、それがいつになるかは未だ不鮮明のままである。

「おや、どうかされましたか。お元気の無い様子ですが」

「え・・・?」

俯きながら歩いていた私が顔を上げると、心配そうな顔をした青年の顔が目に入る。

「あ、こんにちは。先日は色々とお世話になりました」

「今日は。いえいえ、こちらこそ・・・」

青年は微笑しながら私に挨拶を返す。何度も顔を合わせる事が多い、元信貴山の上人である。

「少々、色々とありましてね。ふふ、表情に出てしまっているようですね」

私は思わず自嘲気味の笑みを浮かべる。そんな私を見た上人は笑顔を崩さぬまま私に言う。「何かお悩みのようですね。拙僧でよろしければ、相談にのりましょうか?お力に添えるかはわかりかねますが」

「いえ、私は・・・」

思わず私はそう答えるものの、その後の言葉が続かなかった。すかさず上人は言葉を続ける。

「先日、地上に降りた際にお土産を頂きましてね。お手前もいかがでしょうか?仙果と仙丹のみでは、どうしても飽きが来てしまいます」

「・・・」

「そう遠慮せずに。地上の食べ物は、あまりこの地では口にする機会はないでしょうから」

「そう・・・ですね」

私は空気を読んで、お言葉に甘える事に決めた。


要石でできた卓子の上に、色とりどりの菓子が広げられた。思えばいつ以来だろうか、地上の食べ物を口にするのは。

「美味しいです。とても」

かつて地上に降りた時の感覚が再び蘇る。地上の店で覚えた、懐かしいあの味である。

「気に入っていただけたようで、嬉しい限りです」

上人は微笑を浮かべながら私に言う。

「これは、地上の店で買ったものもありますが、手作りのものもありましてね」

「手作り?」

私は思わずおうむ返しに言う。

「はい、地上の寺の信奉者たちが丹精込めて作ったものです。先日、そちらに寄った際に頂きまして」

「命蓮寺、ですね」

私は地上に降りた際の記憶を思い出していた。住職、信奉者たちが生き生きと過ごしているあの光景は、非常に羨ましく感じたものである。

「お姉様のほうは?お元気にしていらっしゃいましたか?」

「ええ、姉上も相変わらずの様子でした。顔を見る度に、元気の度合いが増していくような気がしてなりません」

上人は苦笑しながら言う。しかしその後にすぐ言葉を続けて

「ただ、元気過ぎるのもどうかとは思います。自信は過信に、誇りは勘違いに変わるのが良い例です」

上人が真剣な顔つきになる。

「そう、例えばお手前もご存知でしょう。自分の地位を鼻にかけ、周囲に迷惑をかけてばかりの彼女―」

「待ってください」

私は彼の言葉を止めた。

「それ以上は言わないで下さい」

「・・・」

「今、曲がりなりにも彼女は私の主人です。その主人に対しての悪評は、流石の私も聞き流すことはできません。例え彼女から嫌われようとも、私は―」

「申し訳ございません」

いきなり上人が頭を下げる。

「・・・今のお手前は、彼女に対してどう感じているのか、もしかしたらと思いましたが―拙僧の勘違いであったようです。お手前が彼女を大切に思っていることは常々感じておりました。その気持ちは現在も揺るぎないようですね」

「・・・はい」

私も真剣な眼差しで上人の顔を見つめ返した。しかし、それでもどうしても腑に落ちない点もある。

「実は、正直彼女の気持ちがよくわからない事があるんです。私もそうですが、他の天人や天女たちに威張り散らしたり、無理難題を吹っかけたりと―」

「要因はいくつか考えられますが、そうですね。まずこうは考えられないでしょうか。彼女は、誰かに構ってほしいのだと」

「構ってほしい、ですか・・・」

「ええ。それは彼女なりの自己表現といえるでしょう。ただし、当然それは良い手立てとは言い難いものです。何しろ、多くの方が不快感を感じているのは事実ですから」

上人は、私の目をじっと見つめながら言う。

「他ならぬ、お手前もその一人―」

「いいえ、違います!」

思わず大きな声が出てしまった。

「・・・そうでしょうね。主人に仕えるものとしては、そう思いたくはないでしょう。ただ―」

上人は私の目を見つめたままだ。さらに続けて彼は言う。

「今のお手前は、迷いが生じていらっしゃるようです。彼女にこれからも仕えられるのか、というその気持ちが」

「・・・それは、否定できません」

私は素直な気持ちを口にした。しかしすぐに言葉を続ける。

「しかし、しかしですね。役目を与えられた以上、私はそれを全うせねばなりません。総領娘様にどんなに嫌われようと、私は彼女の元に居るしかないんです」

「見事な固い意志でございますね。あっぱれです」

上人は表情を崩し、笑顔で私にそう言った。


天子は自分の屋敷の部屋に戻ると、布団の上にばたりと横たわった。

「あーあ。衣玖の奴、本当うるさいんだから」

目を閉じても、天子の顔には、衣玖の真剣な顔がすぐに浮かび上がる。

「うー、もう、何でよ、何でなのよ!」

思わず天子は大きな声を出した。

「私だって、私だって色んな事したいし、色んな所に行きたいし、色んな人と遊びたいんだから。何でわかってくれないのよ・・・」

天子はぶつぶつ呟いていたが、急に意識が朦朧とする奇妙な感覚に襲われた。

(あ、あれ)

体が動かない。声を出そうにも、口も動かなかった。

(な、何これ。どうなってるのよ)

自分の意志ではもうどうにもしようが無かった。そのまま、天子の意識は深い闇の中へと落ちていった。


再び天子が気が付いた時、彼女の体は一面が真っ黒い奇妙な部屋の中にあった。

「ちょっと、どこよここ」

立ち上がり、辺りを見周しても誰も居ない。と、急に周囲が明るくなったかと思うと、何人もの男たちが天子の目の前に迫っていた。

「なっ・・・」

ぞろぞろと迫ってくる男たち。彼らは天子の前で足を止めると、彼女を見下ろすように取り囲んだ。

「なっ、何なのあんたら。どきなさいよ、気持ち悪いわね。っていうか、ここどこよ?」

その言葉に、男たちは口々に言葉を返す。

「どかねえよ」

「気持ち悪いって、ひでえ事言うなあ」

「ここは俺らの秘密基地みたいなもんだな」

天子はムッとした表情で、男たちを見回した。

「ふざけるのも大概にしなさいよね。あんたら、私が誰だかわかってるでしょ?私は―」

「天子ちゃんだろ」

「ああ、知ってるよ」

「当たり前だろ」

またも口々に言葉を返す男たち。天子は怒りの表情で彼らを見返した。

「ねえ、あんたら何様のつもり?いい加減にしないと―」

「おお、お父様に言いつけるってか」

「無理だねえ」

「そうそう、意味ないぞ」

にやけ顔で口々に男たちは言う。

「はあ?何言ってんの」

天子は怒りに満ちた顔のまま、彼らを見据えながら言う。

「だってお前、もう総領主の娘じゃないんだから」

「え・・・?」

天子は男の言葉の意味がわからなかった。しかし、追い打ちをかけるように男たちは容赦なく言葉を浴びせる。

「もう我儘にはうんざりなんだってよ」

「お前みたいな娘はいらないってさ」

「勘当だよ勘当、顔も見たくないからどっか行けだと」

「総領主様もいい加減ブチ切れちまったみたいだな」

次々に飛び出す衝撃的な発言に、天子は言葉を失った。到底信じられなかった。まさか自分が、父親から見捨てられるなどと―

「う、嘘よ!何言ってんのかさっぱりだわ」

かろうじて言葉を絞り出した天子であったが、すぐさま男たちは冷たい事実を突き付ける。

「ほらよ、総領主の直筆の文がここにあるぞ。よーく見てみな」

天子の前に一枚の紙が付き出された。それは紛れもなく自分の父親が書いた字である。天子と親子の縁を切るという内容がそこに書かれていた。

「・・・そんな。どうして。どうしてよ。何でなの・・・」

天子は体をブルブル震わせながら、何度も何度も紙の内容を読み返した。父親から縁を切られたという事実。まるで心が潰されるような衝撃。体の震えは止まらず、目からは涙がゆっくりと零れ落ちていた。


「ま、そういうわけで、天子ちゃんは単なる女の子ってことで」

「俺らのオモチャになってもらうとしますか」

男たちは不気味な笑い顔を浮かべながら、天子に迫る。

「っ!!」

天子は反射的に彼らから逃れようとする。が、体が何故かうまく動かなかった。

(う、うそ・・・なんで)

「薬がうまく効いてるようだな」

「大人しくしてもらおうかな」

一人の男が、天子に顔を近づけ、スッと頬に手を当てる。

「近くで見ると可愛い顔してるな。怯えてる顔も可愛いぞ」

「!!」

天子は思わず男の腕に唾棄した。そしてキッと相手の顔を睨み付ける。

「触んないでよ、汚らわしい!」

次の瞬間、男の右フックが思い切り天子の頬を直撃した。天子の体は壁に叩きつけられ、苦痛で顔は歪み、鼻と口からは血が滴り落ちる。

「ったく、大人しくしろって言っただろ」

「ふざけやがって、痛い目みないとわかんないらしいぜ」

男たちは怒りの表情を天子に向けている。

「・・・あんたたち、ただで済むと思ってんの?こんなことして」

苦痛に顔を歪めながらも、天子は男を睨み付けた。

「だから、もうお前はただの女の子だっつーの」

そうい言うと男は、思い切り天子の服を引きはがした。

「いやぁ!」

突然のあっと言う間の出来事ではあるが、天子はこれから何をされるのかは想像がついた。同時に言い様の無い恐怖感に襲われる。

「可愛い下着着けてるな」

「この下はどうなってるんだろうな」

「それじゃこっちはどうだ?」

スカートも乱暴に千切られ、布一枚しか着けていない下半身が露わになる。

「や・・・やぁ・・・やめてよ」

天子の目から大粒の涙が溢れ出た。ほぼ同時に、股間からも生暖かいものが溢れ出る。

「うわ、こいつ小便漏らしやがった」

「きったねー」

「かつてのお嬢様も威厳台無しだな」

口々に嘲笑する男たちに、天子は震えながら許しを乞う。

「や、やめて、もうやめて。やめて下さい、お願いします・・・」

「やめねーよ、ばーか」

泣きながら言う天子に男たちは非常な答えを返す。

「あ、ああ・・・」

どこにも逃げ場のないこの状況の中で、自分はただ嬲り者にされるしかない、そう天子は悟ったのだが―

「衣玖!お願い、衣玖!助けて!」

一人の女性の姿が、天子の目に入ってきたのだ。天子の直属の部下として、世話係としての役目を担う彼女。いつの間にか、男たちの後ろにその姿はあった。

「衣玖!聞こえるでしょ!助けてよ!衣玖!」

天子は必死に大声で衣玖に助けを求めた。しかし、衣玖は黙ったままである。

「衣玖!衣玖!お願い、私を助けて」

「嫌です」

「!!」

頭を思い切り殴られたような衝撃。衣玖の口から天子の耳に届いた言葉は無残なものだった。

「なんで・・・どうしてなの。衣玖!私を見捨てないで、お願い・・・」

「総領娘様。私は、あなたの事が大嫌いです」

「!!」

いつのまにか、天子の前からは男の姿は消えていた。代わりに今まで彼女に仕えていた天女たちが周りを囲んでいる。その中心にいるのは衣玖である。

「あなたは、誰からも嫌われている」

「あなたは、今まで多くの人を傷つけた」

「あなたは、報いを受ける必要がある」

容赦なく浴びせられる言葉に、天子は頭がおかしくなりそうだった。

「わ、私は・・・ただ、自由に行動したくて、確かにみんなに迷惑はかけてたけど・・・」

衣玖は無表情のまま、天子の顔を見ている。

「ご、ごめんなさい。私」

「許しません。私はあなたを許しません」

「!」

衣玖の無慈悲な言葉が、天子の胸に突き刺さった。

「衣玖・・・私は・・・」

「目障りです、あなたは」

「私は・・・」

「あなたは―」

「やめてえええええええええええ」


丑三つ時に差し掛かる直前、総領娘様の寝室から、悲鳴のような叫び声が木霊した。私は急いで寝室に向かい、総領娘様の様子を確かめる。

「総領娘様!」

「あ・・・あああ」

総領娘様は、目に涙を浮かべながらガタガタと震えていた。

「大丈夫ですか?何か―」

「い・・・くぅ。あああ・・・ああああああ」

彼女は頭を抱えると、そのまま布団を頭から被ってしまった。中からはすすり泣くような声がする。

「総領娘様・・・」

「やめて・・・衣玖・・・ごめんなさい。許してよぉ・・・」

微かに聞こえる言葉が耳に入る。それと同時に、布団からは刺激臭のようなものが匂って来るのが感じられた。

「総領娘様、総領娘様、聞こえますか」

「ウぐっう・・・グスっ」

僅かに聞こえるのは、総領娘様のすすり泣く声だけである。

「総領娘様、大丈夫ですよ。どうか落ち着いて」

「・・・」

「私はここにいます。ただ、あなたが下がりなさいと言えば下がります」

「・・・」

「聞こえますか?私の声が」

「・・・」

「総領娘様・・・?」

「うん・・・」

微かに返事が返ってきた。私は言葉を続ける。

「とにかく落ち着いて下さい。私は、あなたのそばにいます。どうか心を穏やかに」

「い・・・く」

「総領娘様は、夢を見られていたのではないですか?恐ろしい夢を。でも大丈夫です。私がここにいます。私が見守ります」

「衣玖・・・」

掛け布団がばさりと持ちあがり、涙で顔を濡らした天子が私の前に現れた。

「衣玖・・・衣玖」

総領娘様は、何度も私の名を繰り返した。余程怖かったのだろう、粗相までしてしまって、今も怯えた表情はそのままの状態である。

「総領娘様、ご安心ください」

私は総領娘様に近づく。わずかに拒絶するような仕草をみせたものの、数秒後には総領娘様は私の胸元に飛び込んでいた。

「衣玖・・・怖かった・・・すごく怖かったよぉ」

泣きながら訴える総領娘様を、私はそっと黙って抱きしめた。


総領娘様は布団も寝間着も汚してしまったため、着替えと床を変える必要があった。とりあえず寝間着は良いとしても、布団は客人用のものを引っ張り出す他ないだろう。そう思ったのだが、総領娘様からは予期せぬ言葉が返ってきた。

「衣玖・・・その、私と一緒に寝てくれない・・・かな」

新しい寝間着に着替えた彼女は、もじもじと恥ずかしそうにしながら私に言う。

「私と一緒にですか?」

思わぬ言葉に面食らった私だったが、総領娘様の命令となれば拒否はできない。もっとも、あんな事の直後であれば仕方のないことかもしれないが。

「かしこまりました、布団の用意までもうしばらく―」

「いや、いいの。衣玖の布団で一緒に寝たいの」

「え?」

「衣玖、お願い」

「私の布団に二人で寝ると言う事ですか?それは構いませんが、一人用の布団ですよ?狭くて―」

「それでいいのよ、衣玖、お願いだから」

天子は私の顔を見上げながら必死に言う。

「かしこまりました。総領娘様の所望であれば―」

私は自分の寝室に彼女を案内し、一人用の自分の布団に二人で包まった。

「衣玖・・・」

総領娘様が私の顔を見ながら呟く。

「狭いですか?」

「狭いけど、あったかい」

「そうですか」

「すっごい怖い夢だった。みんなから次々に嫌われて、不満を持った人から酷いことされて・・・夢の中では、衣玖にも嫌われちゃった」

「総領娘様・・・」

「私、心の底では、このままだとこうなるかもしれないっていう恐怖があったのかも。でも、中々自分の行動を変えられなかった」

「・・・」

「やっぱり、良くないよね、私」

「総領娘様、大丈夫ですよ」

私は彼女の体に手を回すと、自分より若干小さいその体をギュッと抱きしめた。

「私がついています。やはり、私は総領娘様の教育係として、しっかりせねばなりませんね」

「衣玖・・・」

「好きな事をしたい気持ちはわかりますが、時には我慢も必要です。周囲の人々に自分の考えを伝える際には、相手の気持ちも察してあげなければなりません」

「うん・・・」

「総領娘様の思い通りにいかない事があるのは当然の事です。あなたの周りには様々な人がいて、それぞれ色々な考えや価値観をもっているのですから。無理矢理自分の考えを押し付けるのは我儘以外の何物でもありません」

「そう・・・ね」

「わかって頂ければ、それでいいのです」

「衣玖・・・ありがとう」

総領娘様は感謝の言葉とともに、私への抱擁を返した。

「今日はもう遅いですからね。もうおやすみなさい」

「うん、おやすみ」

互いに就寝の挨拶を交わした後、私の意識は次第に夢の中へと落ちていった。


「衣玖、それじゃ先に行ってるわね」

元気な総領娘様の声が、私の耳に響く。

「はい、お気をつけて」

私は笑顔でその背中を見送ると、ふうっと大きな息を吐いた。

「以前とは印象が少し変わりましたね、総領主の娘様は」

隣に立つ上人が私に笑顔で言う。

「お転婆ぶりは変わらずですが、大分素直になったと感じます。お嬢様らしく、気品のある姿になりましたね」

「ええ、まあ。ちょっとしたきっかけで意識は変えられるもの、なのでしょうかね」

「全くその通りです。それは人も妖も神も、天人も同じ事です」

上人は私に歯を見せて笑った。

「ふふ、確かにそのようですね。・・・しかし申し訳ないですね。弾幕ごっこの練習にわざわざ付き合わせてしまって」

「いえいえ、中々面白いですよ。姉上をはじめ、寺の信奉者たちが熱心に行うのを見て、羨ましいと思っていましたから」

上人は笑顔を見せながら頭を掻いた。

「ただ、あくまでも弾幕ごっこは女性の特権ですからね。拙僧の本格的な『弾幕』をそのまま教えるわけには・・・」

「その点はお気になさらず、ちゃんと空気を読んで対応して頂ければ何も問題はありませんから」

私も上人に笑顔で返答する。

「それはむしろ、お手前の能力ではないですか」

上人は困惑した様子を見せている。

「ええ、そうですよ。なんなら、今からでも少し教えてあげましょうか?」

私は満面の笑顔を命蓮上人に向け、それから総領娘様が去った方向に目を向けた。

「総領娘様にも、私の能力を少し分けてあげましたからね。少なくとも、私はそう感じています」


その後、総領主様たっての希望で、総領娘様への教育係の役割はしばらく継続されることとなった。私としては、しばらくと言わず、もっと、もっとずっと長く彼女の元にいるのが私の夢なのだが・・・その夢も恐らくは叶うだろう。単なる直感ではあるのだが、そんな気がしてならない。

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