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ビックフィッシュ

作者: 笹崎 匠悟

水槽を覗くと色鮮やかな魚たちが優雅に泳ぎ回っている。

この小さく美しい生き物たちは、何を想い何のために生きているのだろう・・・。


きっとこの世の中には、赤い糸や神様の贈り物と言った目には見えない何か大きな力があると私は思う。

多くの人はそんなことあるわけないと思い私のこの幼稚な考えを話すときっと笑うだろう。

何も私だって生まれながらに無条件で他人から嘲笑されるような幼稚なことを真剣に思っていたわけではない。

私がそんなことを本気で信じたのは、私の身に、いや、私と彼女の身に起こったある奇譚な出来事が原因だ。

私と彼女の身に起こった出来事と同じ体験を経験したら、誰しもが私と同じ考えを持つと私は自信を持って言える。

愛する家族以外ならなんだって賭けれるほどの自信を持ってね。


だが、きっとこれから私が話す内容を聞くと多くの人はその内容に驚嘆、困惑、嘲笑の入り混じった目で僕を愚弄するか、頭のねじの足りないやつだと蔑むだろう。

それでもいいと私は思っている。寧ろ、私自身、自分の身に起こったことを今でも信じられないでいる。

だが、私と彼女の愛する子供たちである君たちにはどうしても話しておきたい。

君たちは、十分一人前になった。

これから自分の家族を持ち自分だけの幸せの形を育んでいくだろう。

だが、君たちの身にもしも、私たちと同じあの奇妙な出来事が起こらないという保証はない。それだけが心配だ。


だから、もしあの時と同じ状況に君たちの内の誰かが直面したときこの話を思い出して少しでも不安を拭えたらと思う。

この話を信じるか信じないかは君たちの自由だ。

できる事なら、私たちに起こった出来事に遭遇することなく、私のこれから話す話をただのくだらない冗談だと思い一生を終えてくれることを私は願っている。

すまない。あまりにも、前置きが長くなってしまったね。


まず、あの恐ろしい出来事を語る上で、私と彼女つまり、君たちの父さん母さんの出会いから話していこう。

私と彼女には、私たちを含めた五人の男女からなる幼馴染がいた。

私たち五人は小さい頃から一緒に育ち当たり前のように一緒に過ごしてきた。

その頃の幼い私たちに恋愛感情なんてものは存在しなかった。

それがある日、彼女と私はまるで何かに突き動かされ惹かれあうようにお互いを愛した。

お互いがお互いの美しさに魅了され、それはまるで、内に潜む何かに操られ、まるで自分自身が相手を愛するために産まれてきたかのように。

それからの私たちの関係はすぐに深まり、永遠にお互いを愛し合うことを誓い立て婚礼の儀を行った。

私は、今でもそのとき永遠の契りを交わした時と変わらぬ永遠の愛情を彼女に持ち続けている。

これは、私の愛する人とその家族を賭けても誓える。


住み慣れた土地を離れ、二人だけの新居を持ち幸せいっぱいだった私たちだったが、その幸せで平穏な日々は長く続かなかった。

しばらくして幼馴染の男の一人が私の留守中に彼女が一人残る我が家へ頻繁に訪れ、彼女を誘惑するようになった。

時には、私の前でも同じ行動を取り始めた。

私と彼は何度もそのことについて争った。

彼女が私だけのものであること。彼女も私だけを愛していることを伝えても彼の彼女に対する執着は消えなかった。

彼もまるで内なる何かに操られるように盲目的に彼女を愛し、そして自分のものにしようと彼女に執着した。

徐々に私たち夫婦は疲弊していったが最後には私たちの愛の巣を守り抜くことができた。


ようやく、彼の脅威が落ち着いた頃、私の前にも二人の永遠の愛を邪魔する存在が現れた。

それは、五人のうちの一人である女だった。

その女もあの男のように必要に私に執着し、私を自分だけのものにしようと企てた。

だが、私は永遠の愛を彼女に誓い、その女に見向きもしなかったことはもちろん、私の愛する彼女も狂ったようにその女を攻撃し私に寄せ付けなかった。

私はその女が少し哀れに思ったが私は妻を愛していたので何も言わなかった。


ようやく、私たちに安息が訪れた。

あの二人がくっつき、婚礼の契りを交わしたのだ。

私たちは、自分たちの新居を建てた日と同じ安息を取り戻した。

それから少し経ち、私達は多くの子供たちを授かった。

その頃、時を同じくしてあの二人も私たちと同じように子供たちを授かっていた・・・。


私達が取り戻した安息は長くは続かなかった・・・。

ある朝、目が覚めると住み慣れた自分の家に違和感を覚えた。

いつもと変わらず愛する子供たちを世話する永遠の愛を誓ったはずの彼女があの哀れな女に変わっていたのだ。

幸せな私の日常がまるで大きな何かの力で歪まされたような感覚に陥った。

悪い夢でも見ているのかと思ったが、その夢は醒めることはなかった。

当たり前のようにまるで自分がお腹を痛めて生んだ子供のように私と彼女の愛する子供たちの世話をするその女に腹が立った。

私はその女にこの不条理な状況のすべての怒りをぶつけ、攻め立て、必要に攻撃した。

あのとき、感じた哀れさなど微塵も感じず彼女が瀕死の状態になるまで。

だが、もう瀕死の状態に彼女がなるとまるで神の手に救われたかのように消え、数日すると元気な姿で私の前に当然のように現れるのだ。醒めない悪夢でも見ているようだ。

私は自分の運命を呪い。失ってしまった本来そこにいるはずの彼女の事を想った。


ある朝、僕が目覚めるとそこには、僕の望み叶わなかった光景が広がっていた。

僕が愛してやまず、決して手に入れることができなかった彼女が僕の家で僕の子供たちの世話をしていた。

彼女を諦めた後、僕は違う女と結婚し子供と家庭を気づいた。

彼女ははじめ、なぜこのような状態に自分が置かれているのかわからないようで混乱していたが、目の前の子供たちを放っておけず考えてもどうしようもないということは考えないといった風に目の前の生活の事だけを考え始めた。

緊急時、女性のほうが男性よりも落ち着いてどうにでもなれと開き直るというがまさにその通りだと思った。

諦めて負け犬になり下がった僕にも幸運が訪れたことに、あのとき恨んだ神に今は頭を垂れ感謝の意を伝えたいと思った。

神は本当に要るのかもしれない。だって願い続けた夢が叶ったのだから・・・。



「教授、すごいですね。本当に宝石魚っていうのは自分のつがいの相手を認識しているのですね。」

実験室にある色鮮やかな魚の入った二つの水槽の様子を覗き、私は教授に言った。

「『刷り込み』理論を提唱し、動物行動学をうちたてた功績でノーベル賞を受賞したローレンツ博士の著書『ソロモンの指環』という著書に同じ実験をした内容が載っていてね。今回はこれを真似てみたんだ。」教授は得意げにまるで自分がノーベル賞を受賞したことがあるかのように答えた。


宝石魚は、夫と妻が生殖行為を終えた後、さらには子育てを終えた後でさえも結びつきを保っている。実際に結婚とよんでもさしつかえない状態に至る唯一の魚である。

今回の実験では、つがいを個体として認識しているのか確かめる為に、まったく同じ成長過程の宝石魚を五匹水槽に入れ、成熟した夫婦を2組作り、その配偶者を途中で交換する実験を行った。

最初の夫婦ができ、順調かと思うと後から遅れて成熟期になったオスとメスが既存の夫婦のオスメスにそれぞれ執着したのは焦ったが、別の水槽に移したら上手く夫婦の契りを交わしてくれて助かった。

それからお互いのメスだけ交換したところ、それぞれが交換されたメスに気づいた様子だった。

一方のオスは、自分の妻でないメスを執拗に攻撃し、一方は自分の妻以上にスキンシップを取っていた。

宝石魚が本当に自分の妻を認識していたらなんて残酷な事だろうと心の中で思った。

「魚の世界にもドラマチックな愛憎劇があったりして~。」横にいた須藤が笑いながら話す。

「これからまた交換したメスを戻すぞ!」教授の声に反応し、私たちは作業を始めた。

「神の手入ります~!」須藤のふざけた声が隣から聞こえた。

もし、自分がこの鮮やかな魚のオスであったら自分の身に起こった出来事をどう思うのだろう。

自分の愛した妻が突然別人に変わる・・・。

恐ろしいことだが、それから妻が戻り変わらぬ日常が戻ってきたら、きっと誰かに話したくなるかもしれない。

たとえ、誰からも信じてもらえないとしても・・・。


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