問いの一 死人映りし、描くは人 6
「…写真屋さん。 なにか分かったの?」
「…………」
分かった、なんて安易に言えるような確証はない。僕なんかに人が死ぬ理由も、それを描こうとする理由も、分かるはずはない。 正解が分かるのはその理由を生んだ本人だけだ。他者にそれが分かるはずもない。
だから………
「……ああ、これは神城さん。 こんな時間にどうしたのですか? …そちらの方は?」
「どうも〜。 いやぁ、ちょっとこちらの方が小野屋さんにお話があるそうでしてぇ…」
これから目の前の男に問いかけるのは、全て僕の勝手な都合だ。
♦︎♦︎♦︎
「どうぞ」
「……すみません、いただきます」
出されたコーヒーに口をつける。 流石は画家、と言うべきだろうか。 部屋の中には何枚かの絵がある。 完成しているのか、まだ途中なのか。 素人の僕には判断出来ない。
「……それで。 お話というのは」
ひどくゆったりと話す人だ。 落ち着いている、それがこの人のありのままなのか。 それともそう喋るように癖をつけているのか……
分からない。 神城ほど、僕は人の動きなどに敏感ではない。 横目に見れば、神城はコーヒーカップに口をつけ、睨むように小野屋を見ている。 まるで不審なものを警戒する犬のように、敵意を隠すことをしていない。
「……たいしたお話ではないのですが」
僕はそう言って、コーヒーを置いた。
「小野屋さん。 あの絵は、描かれた男性が亡くなる前に描いた作品と聞きました」
「ええ、そうです。 警察の方もいらして事情聴取のようなものもされましたが…… そちらでもお答えしました。 彼を殺めてはいないと」
「……じゃあ誰がやったって言うんだい?」
いつの間にか、神城が口元からカップを離しそう告げた。
「私は警察の方には、彼が自ら死んだと聞きましたが」
「……っ! そんなの信用できるわけっ!」
「いえ。 それは多分、本当なんだ」
神城の言葉を遮り、僕ははっきりとそう言った。
あの男性が自殺なのは…… 間違いないのだ。 そうしなきゃ僕が感じた違和感に説明がつかないのだ。
……人が死に場所を選ぶ方法、それは自殺だと思う。 死にたい場所で、自ら死ぬ。 だから違和感があった。 あの絵には全て現実味があった。 夜の公園、薄暗い闇の中照らされたベンチに座る死人。 そう、その現場を見た人が描いたとすれば、それはもう綺麗でリアルなものだと。
だけど同時に、綺麗すぎたのだ。 人は自ら命を失って、あんな綺麗な死に方が出来るのか? 痛いはずだ、苦しいはずだ。 なのにあの絵の男性の表情は…… 安らかなものだった。
どうしてそんな絵を、小野屋は描けたのか?
…大きく唾を飲み込んだ。 当たってほしくはない、願うなら。 そんなことはしていない、と言ってほしい。 そうしなければ…… 目の前の男は狂っているとしか、言いようがない。
「小野屋さん」
「はい、なんでしょう」
「あなたは、人を殺してはいません」
「はい、殺したことはありません」
「……ですが」
重たく胸に漂う、どす黒い塊。 吐き出したくてしょうがなかった。 しかしこれを吐き出せば、きっと今度は飲み込まなければならない。
目の前の男の、狂気を。
「……あなたは。 あの男性に、死ぬことを強要しましたか?」
「ええ。 私は彼に、あの絵のように死んでくれと頼みました」