問いの一 死人映りし、描くは人 5
「………」
「………」
どうやら機嫌は良くないらしい。 こちらとしては、呼び出しておいて一時間も待たされたので文句の一つでも言っていいものかと考えたのだが。
表情を見て判断した。 親切にも機嫌の悪さを隠すことなく現れたのだ、それにわざわざ触れようとは思わない。 触らぬ神に祟りなし、とでも言えばいいか。
「写真屋さん、何つまらないこと考えてるのさ」
突然の言葉にひどく動揺した。 考えていることを読まれた? いや… 僕の表情が悩んでいる風に見えただけだろう。 動揺を隠すように僕は嘘を吐いた。
「いや。 二度も死体の絵を見に来ることになるとは思わなかったから。 少し、ね……」
「……ふーん。 まったく別のことを考えてたみたいだけどねぇ」
……下手くそなんだろう、僕の嘘が。 いや、別に全部が全部嘘ではない。 あの絵をもう一度見たいかと言われれば、はいとは答えないし。
「……はぁ。 写真屋さんくらい嘘が下手なら楽だったんだけどなぁ………」
神城がなにか呟いたようだが、よく聞こえなかったので聞き直すことはしなかった。
「相変わらず、人気だねぇ。 なーにがそんなに面白いんだか」
休日と言うこともあってか、以前来た時より人だかりが多く見える。 僕と神城はその集団の少し後ろに立ち、再びあの絵を眺めた。
相変わらず感じる違和感。 何かおかしい、普通じゃない。 そう感じさせる原因がなんなのかは分からないけれど。 しかし、隣に立つ神城が求めているものは恐らく『それ』なのだろう。 でなければ、僕を呼んだ理由が見当たらない。
「……何か分かる?」
「…………」
何かおかしい、とは思っても。 具体的にそれを説明は出来ない。 ただ、感覚的なものだけで言えば………
「……綺麗すぎる」
「………はぁ?」
口を大きく開け、神城は意味不明と言った表情でこちらを見る。 絶対、馬鹿だと思われた。 だけど…… 少なくとも、神城は僕に何かを期待してここへ連れて来たのだ。 その期待に少しでも応えたい。
「…僕はあの絵の男性が死ぬ瞬間を見たわけじゃない。 ただ、現場とこの絵は見た。 それで思うのは…… この絵は綺麗すぎる。 まるで現場をあらかじめ知っていたような…」
「そりゃそうだよ。 小野屋はあの公園の近くのアパートに住んでるんだから」
面白くなさそうな顔をして、神城はそう言った。 …なるほど、あの公園を知っているなら、これだけ忠実に風景を再現出来てもおかしくはない。
「ついでに。 この絵は小野屋の想像で描いたものらしいよ」
「…そうなのか」
「……ったく。 マージで予言の絵、とでも言うのかい? ……気に食わない」
カリ、カリ。 神城が爪を噛みながら、顔を少し歪ませる。 苛立っているのだろう。 ……なぜ?
「神城さんは。 なんでこの絵に興味を持ったの?」
僕の問いに、爪を噛んでいた右手で今度は頭をかいた。 そして、どこか嫌そうに口を開く。
「……私は人の行動の理由が好きなの。 そんで、理不尽が大っっきらい。 なんでこの絵を描いたか知りたくて、本人に問いつめたらただの想像で描いた、なんて言いやがった。…理不尽だよ。ただの勝手な想像で、人の死を手のひらで転がしてるようなものじゃないか。 ……このままじゃ終わらせられない。 これじゃあ死んだ男性が、都合良く殺されただけじゃないか」
…一人の男性が自ら死ぬことをえらんだ。 あの絵がなければ、これほど世間に広まることはなかった。……考えたくはないが、確かに。 あの男性の死を、小野屋は利用したと捉えることも出来てしまうのだろう。 それも自分のためだけに。 全てが偶然、と片付けてしまうには。 あまりにも非情な結末だ。
「…………なぁ、神城さん」
「ん、なんだい?」
「小野屋は、あの絵を。 あの男性が亡くなる前に、描いたんだよな」
「だぁかぁらぁ。 そう言って……」
「なら尚更だ。 ……綺麗すぎる」
「まーたそれかい?」
何かがおかしい。 ずっと感じていた違和感。 偶然という言葉、予言なんて超常現象を除いて考えてみれば、それは当たり前の違和感だ。
「どうして公園なんだ?」
「どうしてって言われても……」
なんで風景を描けた? 必要か、これは? 人の死を描くだけなら、背景は最悪無くてもいいのでは? なぜ、描いた? 想像で…… 近くの公園で…… 予言、、 いや、そんなものあるはずない。 僕は神城に一つ質問した。
「……あの絵の男性を、小野屋さんは知っているのか?」
「……一応、顔見知りだと言ってたね」
……… あくまで、仮説だ。 僕は探偵じゃない。 トリックだの、証拠だの分からない。 だからこそ、浮かび上がる。 予言の方法、一番簡単であり、一番難しい方法だ。 でもそれが、この絵に感じる違和感にも説明がついてしまう。
「神城さん。 …小野屋さんの家、分かるんだよね」
「え? まぁ、一応」
「行こう」
「え?ちょ、写真屋さん⁉︎」
僕は神城の手を握り、その場から歩き出した。
あの絵は綺麗すぎる、現実的すぎる、そして…… 一致しすぎるんだ。 もし、小野屋が僕の仮説通り行動したとしたら。 彼は、おかしい人間だ。 そして………
「……それで死を選ぶのも、おかしいことだ」
抱いた怒りを吐き出したくて、僕は足を早めた。