問いの一 死人映りし、描くは人 4
「私が人を殺めたなら、あなたはどうするのですか?」
「そうですねぇ。 正義の味方気取るわけじゃないけれど、見過ごすことも出来ないし。 まぁ、警察に通報しますよねぇ」
動揺したそぶりはない。 何かを隠そうとするそぶりも…… ない。 小野屋は少し考えるように斜め上を見上げ、口を開いた。
「私は画家なんてやっていましてね」
「知ってる。 あなたが描いた死体の絵、結構な噂になってるよ」
「ああ、そういうことですか。 …彼とはね、この公園で何度か会ったことがあるんです。 その時に少しお話をしていたくらいで、深い関係はないですよ」
「なら尚更。 なんでその人の絵を描いたのでしょうねぇ?」
疑問は尽きない。 ああ、厄介だなぁ…… この人は。
嘘は感じられない。 息をすることが当たり前のように、質問に対しての答えを述べている。 嘘をつこうとも、隠そうともしない。 …… こういうタイプには、回りくどい言い方は時間の無駄だ。
「……… もう一度聞くよ。 あなたは、人を殺した?」
「人を殺めたことはありませんね。 殺めたいと、思うこともありません」
……どうやら本当、みたいだねぇ。 嘘を付くのが上手なだけ、なのかもしれないけれど。 視線の動き、呼吸…… 動揺しているようには見えない。 ……本当に、ハズレか。
「…あーもう。勘が外れた、私は絶対あなたが殺したのだと思っていたのに」
「殺しなんてそんな…… そんな度胸、私にはないですよ」
まぁ確かに。 虫も殺さぬ、なんて見た目している。 ……では、あの絵は? なんであんなものを……
「それでもやはり分からない。 なんであんな絵を……」
「あれはね。 私の勝手な想像なんです」
「……想像?」
「ええ、想像。 彼とは顔見知り程度の付き合いでしたが… 近しい人の死が、私の心にどう響くか。 それを試したかったのです」
「へぇ…… 随分と変わった思考してるね」
「あはは、それは自分でも思います。 …本当は展示会に出すことも迷ったのですが。 自分の作品が他者にはどう映るのか知りたくて」
……芸術家ってのは、少し変わってるのかねぇ? 私には正常な判断とは思えないけど。わざわざ誤解を招くような、自分の首を絞めるようなことするなんて。 まぁ、逆に言えば度胸はあるのかもねぇ。
「………はぁ。 結局分からずじまいか。 小野屋さん、ごめんなさい! だいぶ失礼なこと聞いてしまって!」
「いえ。私も、人とお話し出来て嬉しかったですよ」
終始変わらず、小野屋はゆったりと話していた。 元からなのか、動揺を隠す工夫なのか。
それを見極められない以上、今ここでこれ以上話しても意味はない。
「ではでは! さよーならぁ!」
「ええ、ではまた」
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プルルルルル、プルルルルル……
『…神城さん? どうかした?』
「写真屋さん。 明日、またあの絵見に行こう」
『え? …いいけど、なんで?』
「……あんまり自信ないけど。 写真屋さんのあの絵に感じる何かが、今一番重要」
『…そうなのか?』
「いや、分かんないけど」
『……君ね』
「じゃそういうことで。 よろしく」
要件を伝えて電話を切る。
カリ、カリ、カリ。 自分の爪を噛む音が、街並みの騒々しさなんかより鮮明に聞こえる。
気に入らない。 好きにはなれない。 人を殺めたいとは思わないと口にして、なぜ想像で人の死が描ける。私にはそれは辻褄が合わないことだ。
それにあの男は、あの絵を『作品』と呼んだ。 私にはまるで… 男性が死んだことも含めて自分の作品だと言ってるみたいで嫌だった。
「なにが、ではまた…だよ。 ……今度は私の死体でも描くつもりかねぇ?」
そして今度は私が死ねば『作品』完成、とでも言いたいのかい?
殺していないってのは、多分本当だ。 ただ、殺していなくても。 その理由ならば、作ることは出来るのだ。
「……神問うて、人解かん。 絶対、このままじゃ終わらせない」
それはほんの一瞬。ほんの一瞬だった。 あいつは、小野屋は。 死体の絵を描いた理由を聞いた時少しだけ…… 笑ったのだ。
「……人の死を描いて笑うなんて。 死神にでもなったつもりかい」
思い出して、胸のあたりが苛立った。