問いの一 死人映りし、描くは人 2
「まったく、日中は熱いくせに夜は冷えるってなんなんだって話だよ! そう思わない、写真屋さん!」
「……ああ」
文句を垂れる神城の少し後ろを歩く。 考えているのは、先ほど言われた神城の言葉。
歪んだものをよく見る。 ……見たくて見ているわけではない。 見えてしまうのだ、そういうものが。 僕はそれを、勝手に人の意思だと思っている。
「……んで? 写真屋さんはいつからそーゆーの、見えたの?」
「……… ふぅ。 二年前、地方に風景を撮りに行ったんだ。 その時からかな」
「…ふーん。 その時は結局なんだったの?」
「なにがだい?」
「だーかーらぁ。 歪みの原因だよ」
「……歪みとかは分からないけど。 ……湖の写真を撮ろうとして。その景色を見た瞬間気持ち悪くなったんだ。 …… 次の日、その湖から幼い少女の遺体が発見されたよ」
「ふ〜ん」
そう言って、神城は夜空を見上げて立ち止まる。 星を見ているのだろうか? まったく動こうとしない。
「星ってのは、神様の目かもしれない」
「え?」
「……うちのおばあちゃんの言葉だよ。ほら、よく言うでしょ? お天道様が見逃しても!みたいなセリフ」
「……ああ、聞いたことあるかもね。 で、それが?」
「ふふん。 写真屋さんの目も、神の目なのかもねぇ。 隠された謎を見つけ出す! みたいな」
ビシッ! なんて聞こえそうな勢いで僕を指差す。 なんとも楽しそうに生きるやつだ、失礼なのは分かったが少し笑えた。
「さーて、もうすぐもうすぐ!」
そう言って神城は歩き出した。 向かう先は、あの絵に描かれた公園。現場検証、といえばいいのだろう。 警察でもない僕らがそんな事をする理由もないのだけれど……
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虫の鳴き声が少し聞こえる、落ち着いた夜。辺りに人の気配は無い。
「…へぇ。 本当にここ、みたいだねぇ」
「…ああ、そうみたいだ」
入ってすぐ見えた、茶色いベンチ。 それを照らす背の高い外灯。 …間違いない、あの絵に描かれた風景だ。 立ち止まる僕を気にせず、神城はそのベンチに近づいて行く。 物怖じしない、怖いもの知らず。 そう思いながら、少し遅れて僕も歩き出した。
「…………」
神城はベンチの前にしゃがみ込み、手を合わせている。 見れば、花束と缶ビールが何本か置かれている。
「いい人、だったんだろうな」
「……どうだろうね。 でも、死ぬ理由があれば悲しむ理由もあるってことだよね」
…死にたいと願えば、誰かが悲しむと言いたいのだろう。 誰にでも、そんな人がいるのだと。 ……僕にも、いるのだろうか。 僕の死に涙を流してくれる人が。
「んーで? 写真屋さん、なにか見えた?」
「え、ああ…………」
……違和感は何もない。 ただの公園の一つの風景にしか見えない。
「…………」
「何も、見えないみたいだねぇ」
「…ああ。 おかしいな」
ここが現場なのは間違いない。 ここで人が死んだのは、間違いないんだ。 なのに、なぜこうも僕の目には普通に見える。
「人が死んでるんだ、何もないなんて」
「だーから。 何もないんだよ」
「……どうして?」
「……はぁ。 この人ね、自殺なんだってさ」
……自殺? 自分から、死んだと?
「胸に刺さってた刃物から、本人の指紋がはっきり出たんだって。 警察が調べたんだから疑っては無かったけど、写真屋さんの反応見る限り間違いないみたいだねぇ」
「じゃあ、ちょっと待ってくれ……」
この人は殺されたんじゃなくて、自ら死を選んだんだとしたら………
「あの絵は、本当に……」
神城が軽く舌打ちをした。 納得のいかない表情で、不満を抱えながら。
「……あの絵は予言の絵だ、ってのが。 今の所、一番辻褄が合っちゃうね」