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問いの一 死人映りし、描くは人

死とは人の終わり。 それを描くために、人は道を踏み外せるだろうか。



「死体の絵?」


そう呟いて、手元の酒をちびりと飲んだ。 酒の肴としてはあまり嬉しくない話題だと一人思う。 絵に興味はない、人の死なんて尚更だ。 しかし、友人は楽しそうに話を続けた。



「違う違う! 死体の絵、じゃなくて死体が絵になったんだよ」


友人は笑う。 手元の酒はもう二つほど空になっているようだ。

酒が入っているとはいえ、人の死をこれほど楽しそうに話すなどいささか常識はずれである。 そう思いながら、僕は今の話について一人考えてみた。




死体が絵になった? つまり、どう言うことだ? 死んだ人を誰かが描いたのではなく。 それこそ、死んだ人が紙の中に入り込んだとでも? ……それこそ常識はずれである。



「そんなこと、あるはずない」

「じゃ見に行ってみろよ」


友人はそう行って、鞄から一冊のパンフレットを取り出しテーブルに置いた。 僕はそれを期待の眼差しを浴びながら手に取る。



小野屋おのや 牧人まきと… 絵画展」

「そ。 その絵画展の中に、一昨日死んだ遺体がそっくりそのまま描かれてんだよ。 絵画展が開かれたのは一週間前だってのにな」



一週間前に開かれた絵画展に、一昨日死んだ人の絵がある。……偶然? そう考えるのが一番簡単な辻褄合わせだ。 たまたま書いた絵が、たまたま似ていた。 偶然の産物と言えばこの話はおしまいとなる。 ただ、目の前の男はそう結論づけるのを拒否している。



「頼むぜぇ、写真屋。 あんたの目の良さは俺も認めてんだ」

「……まったく。 警察ってのも大変だな」



そう呟いて、僕はパンフレットを鞄へ入れた。





♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎




翌日。

昨日受け取ったパンフレットを片手に、僕はその絵画展へ足を運んだ。 …気のせい、ではない。 まったく絵に興味のなさそうな若者が多い気がする。 野次馬、みたいなものか。 怖いもの見たさ、噂好き、言い方が不適切だが、流行っているのだろう。 そりゃそうだ、死体が絵になるなんて言われたら気にもなるだろう。

しかし、ここは本来絵を楽しむべき場所だ。 ワイワイガヤガヤと、遠足気分なのはどうにも賛同は出来ない。


「…まぁ、僕もそちら側なのだけど」



何を見に来た、と聞かれたら。 小野屋 牧人さんの作品、とは答えず…… 死体の絵と答えるだろう。





通路の壁には絵が並んでいる。 しかし立ち止まることは無かった。 そりゃそうだ、僕は絵描きではない。 この作品はもっとこうだ!とか、偉そうなことを言えるはずもない。 絵に関しては描く側ではなく、読み取る側だ。つまり、現状目に映る絵には何も感じていないと言うことだ。 綺麗だな、と横目で流す程度だ。 心が惹かれるなら、人は自然と立ち止まるものだ。



やがて、広い部屋に出た。 そして、部屋の中央には人だかりが出来ている。 こういった場所では写真などはダメだと思うのだが…… 盗作とかあるし。 そんな僕の考えも虚しく、人だかりの中からシャッター音が聞こえてくる。


「あの中に入るのは、ちょっとなぁ……」


僕はその人だかりの少し後ろ。 人だかりを作っている原因が見える位置に立ち止まり、顔を上げた。









夜の公園、だろうか。 周りには背の高い外灯。 その中央に、茶色いベンチ。 そこに座る男の左胸に、刃物が刺さっている。



「……なんだ、これ」


まるで、この瞬間を見て書いたような。 他の作品には無かった、現実味がその絵にはあった。 そして、嫌でも感じさせられた。 この絵が、本物だと言うことに。








「死体が絵になるとは、よく言ったもんだね〜」


絵に集中してしまって、隣の声に反応が遅れた。 僕の肩ほどに女の顔がある。 僕の顔を覗き込み、にひっ、などと聞こえてきそうな笑みを浮かべる。


「お兄さんも感じたっしょ? あの絵、あれは異質なものだって」


そう言って、女は死体の絵を指差した。 …綺麗だ。全然、まったく関係ないことだけど。 女の指が、その動作が。 僕にはとても綺麗に見えたのだ。 やがてその指は、女の口元へと運ばれた。 そして、女は呟いた。





「神問うて、人解かん」


「……何かの言葉かい?」


「いんや? …ふふふ、どんな問いなのか、どんな解を出そうか。 考えるだけでゾクゾクだねぇ」




そう言って、女は笑う。 なんとも楽しそうに、なんとも不気味に笑ったのだ。









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