転機
リカルドと姉さんの関係が改善しないまま、あっという間に2日間が過ぎ去った
思い返すと、リカルドと僕はほぼ一緒に行動してたと思う。
時には僕が勉強を教えてあげるなんてこともあった。
その際に、母さんによく「いい子」と言って頭を撫でられたことをふと思い出した僕は、なんとなくという理由と少しの好奇心からそれをリカルドにもしてみた。
そうしたら異様にリカルドがはしゃいで喜ぶものだから冗談抜きでびっくりした。ポカーンてなった。
褒められたことがないと言っていたから、僕にされたことが余程嬉しかったらしい。ならばもっと褒めてあげなければと意気込んだ僕はお菓子もあげることにした。
はむはむと口いっぱいにそれらを詰め込んで幸せそうに笑うリカルドにつられて僕の頬も緩んだのはしょうがないと思う。
我が家にはない癒やしがそこにあった。
だから、短い間だったけれど仲良くなれたリカルドとの別れはそれなりに寂しさを伴うものだ。
こう言ってはなんだが、僕は友達が少ない。将来騎士団長になりたいからと養成所に通っている兄さんはともかく、僕の勉強は専属の家庭教師と母さんが指導している。
殆どの貴族の子供は僕と同じように家庭教師から教養を受けて育つので、学院に通うこともない。だからこそ僕の父さんのように、秀でた教育係というのは各方面から重視されるのだ。
勉強は母さんが褒めてくれるから嫌いじゃないけど、遊び相手がいないのはなんともつまらない。
兄さんは駄目だ。
剣術ごっこと評してボコボコにされたことがある。初めて木刀が命を脅かす物に見えた。大人気ないと言うより、好きなことには加減の出来ない人なんだなと朦朧とする意識で思った。
筋肉痛になるわ痣が痛いわで大変だった。おまけに何故か高熱まで出る始末だ。
自分はこんなに軟弱な体だったのかと涙を流しながら悔いていたら、兄さんが「カルダアァ!!」って大声を上げて熱により汗を流す僕にすがりついてきた。うん。絶対勘違いしてたと思う。
しかし、母さんに怒られてもけろりとしているあの兄さんが、酷く落ち込んだ様子で僕が寝込んでいるベッドの周りをウロウロと情けなく眉尻をさげながらさ迷うものだから、怪我をさせられたからと言って腹を立てる気にはならなかった。それに実力で劣る僕の自業自得な結果なのだ。申し訳なさそうにごめんなと謝っていた兄さんは昔から優しい人である。
問題は姉さん。あれは駄目だ。断固拒否である。女の子なら別かもしれないが、僕はれっきとした男である。将来高身長になってカリスマ性に溢れるのが目標な男である。なのに、何が楽しくて動くぬいぐるみとダンスを踊らなきゃいけないんだ。
うっかり犬のぬいぐるみを踏んずけてしまった時の姉さんの叫びはすごかった。首の繋ぎ目から綿が飛び出たそれを抱きしめながら発狂するのである。こわかった。僕が発狂しそうになった。
罪悪感を覆すほどの衝撃を受けたのはまだ鮮明に記憶に残ってる。
我が家に癒やしなんてものは皆無なのだ。
「カルダ!」
名前を呼ばれてハッと我に返る。
見送りとして玄関ホールまで来たことを忘れていた。
後ろにはゆったりと微笑む母さんと父さん。拗ねたような顔を繕って微妙な表情になっている姉さん。兄さんは興味なさそうにぼうっとしている。あれって目を開けたまま寝てるわけじゃないよね?
そして目の前には満面の笑みで僕を見上げるリカルド。
え、なんでそんな笑顔なの。少しくらい僕みたいに寂しがってくれてもいいじゃんか。
「おれ、もっとカルダとあそびたい」
「う、ん。僕も」
「だろ! だからさ、いいこと思いついた!」
心なしか周囲が静かになった。さっきまでお姫様と母さんの話し声が聞こえていたのに、今はもうリカルドの明るい声と僕の声のみが玄関ホールに響いている。
「おまえ、おれの家にこいよ。おれがカルダの家に来たみたいに!」
「は、」
「いいよな? カルダのばーさん!」
輝かしい笑顔で母さんをばーさん呼ばわりしたリカルド。末恐ろしいな。
対して母さんはくっと口角をつり上げて一言。
「勿論」
ぎょっとして振り返る。食えない笑みを浮かべてはいるがどことなく楽しそうな母さん。本気か。本気なのか。
「カルダ、気を付けていってらっしゃい」
つまり今すぐついて行けと。
僕だけでなく、兄さん達も呆然とする中、急遽隣国への遠征が決まった。
自分の中で結末が見えてまいりました。
この遠征編(話数未定)で、一区切りになるかなと思われます。