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「リカルド様」

「リカルド」

「リカルド様」

「あーもう! それだめだって言っんだろ! リカルドってよべよ! このチビ!」

 確かに僕はチビだ。だが自分の成長期を信じているから問題ない。きっともう二、三年もすればにょきにょき伸びる筈だ。

 一緒に遊ぼうと僕が言ってから王子様がまず要求してきたのは呼び名と口調の改善だった。

 しかし、日頃からマナーとか礼儀に口五月蝿い母さんから躾られてきた僕としては、いきなり普通にしろと命令されてもどうしても抵抗を拭いきれない。

 厳しすぎるその躾の反動からこっそり部屋でだらけてしまう時もあったけど、貴族だって息抜きは必要だ。ずっと張り詰めていたらやってられない。

 苛立ちを抑え切れない兄さんは家の壁を蹴ったしりて八つ当たりをしていた。その時についた足跡は現在でも茶色い汚れとして残っている。しかもその足跡、母さんの部屋へと続く扉のすぐ近くに沢山あるのだ。地味な嫌がらせとはこのことである。

 そんな嫌がらせを受けた母さんはこれも思い出だからと懐かしむように微笑みながら言っていたが、兄さんの破天荒な行動をそんな風に受け止められるなんてやっぱり母さんは凄いと思う。僕もちょっとした好奇心で真似たことがあるけれど、たまたまその場を通りかかった姉さんに目撃されてからは絶対にしなくなった。人が一生懸命壁を蹴っているというのにクスクスと笑うからだ。唯一の支えとなる右足をプルプルと震わせながら壁を蹴っていたのは僕だから文句は言えないけど。さぞ滑稽だったのだろう。

 その日から僕に対する躾が一段と厳しくなったのはショックだった。

 だからこそ、我が身にある程度染みついた教養と正反対のことを率先して行えと告げられても、あの時の無鉄砲さが落ち着いた今では戸惑いを隠しきれない。

 ある意味昔の僕は最強だったんじゃないかな。

 けれど、段々と不機嫌になっていく王子様の様子に罪悪感を感じるのも確かで。

 遊びに誘ったのは僕だ。仲良くなりたいと思いそのきっかけを作ったのも僕だ。ならば、最後まで貫き通してこそ格好いい男というものではないだろうか。母さんに怒られるからと言ってやること為すこと怯えてしまっていては、いつか父さんみたいにヘタレに成り果ててしまうかもしれない。

 そんなのは嫌だ。絶対嫌だ。

「…無礼者って怒られたら庇ってね、リカルド」

 でもやっぱり少しコワいから安全確保も重要だ。皆の前では畏まっていればいいようにも思えるが、それを王子様…じゃなかった、リカルドが許すとは限らないし。なにせこの人我が儘だから。

 ちょっと吹っ切れた僕はよろしくの意味も込めてリカルドに小さく笑いかけた。すると、僕とは比較にならないくらい輝かしい素敵な笑顔が返ってきた。こんなに嬉しそうな顔をされるとなんだかむず痒い。キラキラと光っているような錯覚さえ覚える程の歓喜に満ちた緑眼が真っ直ぐに見つめてくる。そこまで純粋に喜ばれるとなんだかこちらも嬉しくなってくるから不思議だ。

「まかせろ! おれはやんごとなきお方だからな。カルダをイジメるやつはおれがやっつけてやる」

 嬉しかった気持ちが微妙になった。

「あ、ありがとう」

 笑って受け流そうにも頬が引きつって変な顔になった。誤魔化すためにリカルドの頭をわしゃわしゃと撫で回す。流石にこの行為はまずかったかなという後悔の気持ちと見た目通りのふわっふわな髪に感動する気持ちがない交ぜになって、なんかもう僕もよく分からなくなってきた。

 でもきゃっきゃと嬉しそうな声を上げながらリカルドが無邪気にはしゃぐから、段々と冷静さが戻ってくる。喜んでくれるならまあいっか。開き直りも時には大事だ。友達というより、弟が出来たみたい。

「もっとしてー。なーなー、いいだろ? もういっかい!」

 分かったから僕の腰に抱きついたまま飛び跳ねないで。地面に着地する時足が遠慮なく踏まれるから痛いのなんの。

 僕がリカルドを撫で回す。きゃっきゃと喜んでまた強請る。そんなことの繰り返しだ。あのさ、遊ぶのは一体どうなったの。リカルドの中ではこれも立派な遊びとして成立しているのだろうか。

「カルダー」

「はいはい」

 ただ撫でるだけなのに随分と楽しそうである。心なしか語尾がのびているような気がする。ひょっとして甘えてるのかな。

 もしワザとしているのならあくどい子供である。

「あんまり撫でられたりとかしないの?」

「ねーよ。ほめられたことだってないもん。できてあたりまえだってみんな思ってるから」

「それはちょっと厳しいね」

 てっきり甘やかされて育ってきたのかと思ったら、どうやら正反対だったらしい。生意気な性格なのも鬱憤が溜まりに溜まった結果なのかもしれない。

「しかもさ、はなしあいてがほしいって言ったら会ったこともないぎそくのじーさんをつれてきたりするんだ。この人はあたまがいいからおれのためになるよって。ばっかじゃねえのあのババア」

 今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。

 いくら為になるとはいえ、話し相手に見知らぬじいさんを連れてくるその発想も呆れるようなものだったけれど、それよりも強く興味が惹かれたのは日頃から聞き慣れている三文字のそれ。

「ババアって誰のこと?」

「おれのははおや。ちちうえのことはジジイって呼んでる。あ、人前だとちがうぞ。ババアのこともははうえってよんでやってる」

 一応今も人前なんだけどな。

 僕に向けてくる悪戯めいた笑顔は大変愛嬌があって親しみやすい。しかし笑い返すことが出来ない。それどころか頭を撫でる手の動きも止まってしまった。

「カルダ、君、きっと僕の兄さんとも仲良くなれるよ」

「いきなりどーした?」

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