第一歩
色々と不可解な点が多いかと思われますが、何も触れずにスルーして下さるとありがたいです。
僕らの母さんは女王様と言っても過言ではない。
強く命令している訳でもないのに、その目に見据えられたらだけで、蜘蛛の巣に捉えられた哀れな虫のように身動きが取れなくなってしまう。雰囲気に気圧されてしまうのだ。兄さんだけは逆に睨み返すけど。
そんな兄さん曰わく、母さんは僕のことが大好きらしい。だから執拗に僕に構ってくるんだとか。それは僕が無意識に甘えているからだとも言われた。意味分からん。
いずれにしても、僕の中での最強は母さんである。憧れているのは兄さんだが、この人には何をしても絶対に適わないだろうなと思うのは母さんだ。その考えはこれからも変わらないと思っていた。今日この場で撤回しよう。無邪気で素直かつ生意気な子供ほどおそろしいものはないのだから。
僕の予想通り、客人は王族の方だった。それも隣国の王族。お忍びということで表沙汰にはなっていないが、父さんが予めこのことを国王様に報告していたこともあり、これといって大きな問題も特に起きなかった。
なんでも、僕の父さんが昔、隣国にて王家の直系にあたるお姫様の教育係に選ばれていたようで、今でも師匠と弟子のような関係らしい。過去に似たような事柄が何度かあるので父さんに限っては別段珍しいことでもない。それでも、初めて父さんの口から弟子のような子が何人かいるよと聞かされた時は驚いた。純粋に尊敬だってした。
陰で兄さんにヘタレ野郎と呼ばれている父さんだが、もしかしたら人を惹きつけるカリスマ性たるものを持っているのかもしれないと昔の僕は思ったものだ。
しかし、3日間観察してみたがそんなものは皆無だった。のほほんとしているいつもの父さんがそこにいるだけであった。あのすっとぼけている感じがカリスマ性たるものなのかと母さんに相談するくらい真剣に悩んだりした。だって僕もカリスマ性が欲しかったんだもん。今でも欲しい。もの凄くかっこよさそうじゃないか。
母さんに言ったらお前には十分素質があるから期待しているよと高笑いされた。それを真に受けて勉強を始め色んなことを頑張ってきたけれど、効果は果たしてどうなのだろうか。鏡の前でふんぞり返ってみても反りすぎて背中を痛めるだけに終わった。自分では判断がつかないからと兄さんに聞いてみたこともあったが、優しい目で僕の頭を撫でながら馬鹿にされるから人には言うなよと忠告された。あの時僕はまだ阿呆だったのだ。
そんな僕の父親である父さんのことを師匠と慕うお姫様は、結婚して現在一児の母である。
そしてその子供は男の子で、次期国王として厳しく育てられているんだとか。要は王子様である。
しかし、最近反抗期のようでやんちゃばかりして困っているから、師匠と呼び尊敬している僕の父さんにどうしても直接相談したかったらしい。旦那様は予定が空かないから来れないとのこと。そりゃ当然だ。 隣国の王様なわけだし。
王子様の名前はリクルド。歳は五。金髪緑眼のつり目が特徴的な子だ。姉さんが将来絶対美形になると興奮していた。目の付け所が僕には理解できない。
それにしても、反抗期か。僕は母さんがいる限り反抗期はないだろうし、逆に兄さんはずっと反抗期状態だ。姉さんは僕と同じ歳くらいの時に、異様に父さんのことを嫌っていた気がする。思い返してみれば、あれが反抗期だったのかもしれない。そうすると五歳で反抗期とは些か早くないか。マセガキってやつなのだろうか。
僕がそう思っていた矢先のことだった。リクルド様改め王子様が、母さんに向かって衝撃発言をしたのは。
「このばーさんだれ? なんか偉そう。おれ、こういう大人のひときらい。ぜったい生意気だもん」
こういう、の部分で深紅のドレスに身を包んだ僕の母さんを指差しながら、王子様はやだやだと盛大に顔をしかめられた。
慌てて王子様を叱るお姫様。
苦笑いの父さん。
目を見開いて呆然とする姉さん。
口笛を吹く兄さん。
「おやまあ。ウフフフ」
笑う母さん。鳥肌が立った。
こうして、王子様御一行は我が家に訪れたのである。
子供は子供同士で遊んできなさいという母さんの言葉に従い、僕達は今庭園にいる。色とりどりの花が咲き誇っているこの庭は母さんが気に入るだけあってとても立派だ。丁寧に手入れもされているから、枯れ葉一つとして落ちていない。
そんな庭園を王子様と二人で歩く僕の気分にもなってくれ。兄さんは用があるという嘘をついて王子様の許可をもらうと、早々に部屋に帰ってしまった。姉さんは王子様にうるさいからと一掃され、彼直々に部屋に戻ってろと命令されてしまったのだ。流石母さんに向かって文句を言うだけはある。でも姉さんの落ち込み様は凄かった。
しかしそうなれば残るのは必然的に僕だけとなる。なんて気まずいんだ。
「なあ、おまえの名前ってなに? おれリクルド」
「カルダです。リクルド様」
「ふーん。何歳?」
「12になります」
「え、ほんと? あんたチビだしオンナみたいな顔してるからもっと下だと思ってた」
やめて心が抉れる。
まだほんの少ししか一緒に時間を過ごしていないが、それでも分かったことがある。リクルド様は大変マイペースな方だ。もっと言えば生意気だ。更に言えばクソガキだ。きっと周りの人達から甘やかされて育ったに違いない。
「カルダって兄弟なんにんいるの? さっきのひとたちだけ?」
「はい。兄が一人に、姉が一人です」
綿菓子のようにふわふわと金の髪を揺らしながら歩くリクルド様が、納得したように頷いた。
「だからカルダはこんなんなのか」
落ち着け僕。冷静になれ。相手は王族。しかも子供。ただの戯れ言だと受け流せばいい。
「あのばーさんもただ者じゃない感じたったし」
ばーさんって、もしかしなくても母さんのことだよね。兄さん並みにズバズバ言うな、この王子様。
「血でも飲んでそうなふんいきだもんなー」
「バケモンじゃないか」
つい衝動的に口を開いてしまった。やらかしたと思っても時すでに遅し。きょとんとこちらを見上げてきたリクルド様の顔がじわじわと意地の悪いものになっていく。
聞いちゃった! 表情全体がそう語っている。なんて悪戯めいた笑顔なんだ。
とにかく弁明せねば。
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
「えー。さっきのほうがいいのに」
「そう言われましても、あれは失礼にあたるものですので…」
口をとがらせ、不機嫌を露わにしながら文句を垂れる王子様に僕はもうお手上げだ。本当に、どうしてこんなに生意気なんだ。
「だってさー。みんなおれとフツーにはなしてくれねえんだもん。いちいち頭とかさげるから目もあわないし」
ぷいっと顔を逸らしてそう言うリクルド様の横顔はどことなく寂しそうなものだった。
「おれはただ、いっしょにあそびたいだけなのに」
そんな、見捨てられた猫みたいな顔で言うもんだから、自然と口から言葉が零れ落ちていた。
「じゃあ何して遊ぶ?」
「っ、え」
僕よりも幼い顔が驚愕に染まっていのを見て、身分だとか子供とか関係なく、初めてリクルドという一人の人間と向き合えたような気持ちになった。