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溺愛症候群

「明日、客人が来るから」

 母さんに呼ばれて部屋を訪れてみれば、開口一番に素っ気なく告げられた。なんの前置きもないまま直球できたその真意を受け止めるべく頭を働かす。

 ちょっと待て。明日だなんて、いくらなんでも急過ぎないだろうか。

「相手の方はなにか大切な用事でもあるの?」

「いや、ただ遊びにきたいそうだ。気分屋な人なのさ」

 おいこらふざけんなよと思ってもそれを口にしない僕偉い。察するところ、そんな我が儘が通じるほど身分が高い人が来るってことか。

 伯爵よりも地位が上となると、公爵か王族の二つに一つ。家庭教師を勤める父さんの顔の広さには目を見張るものがある。この国の王族を始め、若い頃は他国の王族にも頼まれてその跡継ぎに勉学を教えていたくらいだ。だから明日訪れてくる客人は、おそらく父さんと繋がりを持つ人物だろう。

 僕の予想が外れるにしても、あらかじめそう身構えておいた方がいい。

 そこまで考えて一番不思議なのは、どうして母さんがそれを一番最初に僕に言うのかということだ。姉さんと兄さんにはこれから伝えると言っていたから、まだ僕しか知らないというわけで。

 なんか、微妙な特別扱いだな。

「分かった。粗相がないよう気を付ける」

 心得たとばかりに頷いてみせると、母さんが満足そうに金色の目を細めて足を組み替えた。

「お前は本当に賢いね。いい子だ」

 ゆるりと上品に微笑んだ母さんは、白い手を伸ばして僕の頬を撫でる。くすぐったくてほんの少し肩が揺れた。

 何を根拠にそんな風に褒めるのか分からないが、母さんの機嫌がよくなったので良しとしよう。

 僕も褒められれば当然嬉しいし。

「カルダ、こっちにおいで」

 こっち、と言って広げられるのは母さんの両腕。

 いやいやいやなにしてんの。まさかそこに飛び込めとでも?

「は、恥ずかしいからやめてよ」

「そんな顔をしても愛らしいだけだというのに」

「愛らしい?!」

 人の困った顔を見て愛らしいとはどういうことだ。

「そいうこと言わないでよ。あんまりいい気分じゃないから」

 だって自分の母親がそんな趣味だなんてまっぴら御免でしょ。でもここで逃げたら後がおそろしい。以前そうした時はこれでもかというほど母さんの着せ替え人形にさせられた。それも女装。もはや悟りを開きそうな気持ちになったね、僕は。

「母さん?」

 なにやら考え込むように母さんが目を伏せてしまったので、どうかしたのかと心配になり呼び掛けてみたが反応なし。めげずにもう一度呼びかけたら、まるで焦らすようにしてゆっくりと視線が上がり美しい金の瞳が僕を捉えた。

 途端、母さんの顔に浮かぶ微笑。


 まずいって。その顔はまずいって。


 いたいけな子供が見ちゃいけないような恐怖の微笑みを前に僕が出来ることは、口を閉ざしてただ大人しくしていること。

 母さんがこの顔になる時はとんでもなく機嫌が悪いか怒っている時だけだ。

 僕が胸に飛び込まなかったからそんな不機嫌になったのだろうか。流石にそれはないと信じたいが断言しきれない。今の心境としては速やかに部屋に帰りたい。でも動いたら魔王が襲いかかってくる。

「私はただお前を可愛がりたいだけなのに、それを気分が悪いと言うのかい? 酷いじゃないの、カルダ」

「え」

 なんかちょっと勘違いしてないかな母さん。

「そういう意味じゃなくて、」

「なら、おいで。ほら」

 だから恥ずかしいんだってば!

 誰も見ていないからという問題ではない。精神的に耐えられないものがある。

 だがしかし、母さんの背後から滲み出る威圧的なオーラがじわりじわりと僕を追い詰めてくる。どうしたらいいんだと若干パニックになっていたら、この部屋の扉が大きな音を立てながら乱暴に開かれた。驚愕に跳ねる心臓と同調するように僕の体もびくりと跳ね上がる。


「来てやったぞババア。お、カルダもいたのか」


 僕の救いの神兄さんが現れた!


「兄さん! こっち! こっち! ここ!」

 ここぞとばかりに右手を挙手して、きょとんとしている兄さんを僕の隣へ呼び込む。

 母さんの方から冷気が漂ってきているような気がするが、この際知らん顔だ。

 僕の頭をひとなでした兄さんは、天敵を前にした動物のごとく眼孔を光らせて母さんを睨みつけた。それに一体何を思ったのか、母さんの切れ長な瞳がスッと細くなる。

「クムド、明日とある客人がお見えになることになった。粗相がないようにするんだよ」

「ふーん」

 ふーんて、ふーんて。もっと他にないのか。

「用件終わった? なら俺もう戻るから。行こうぜカルダ」

「はいはい!」

 その言葉を僕は待ってたんだ。ありがとう兄さん。流石としか言えない。



「はぁ」

 部屋から出た瞬間に大きなため息をひとつ。隣にいる兄さんがそんな僕の背中を撫でてくれた。優しい心気遣いにほっこりだ。でもなんで背中なんだろう。

「あれはお前が大好きだから執拗に構ってくるんだ。鬱陶しいなら蹴っちまえ」

「真顔で言うことじゃないからね。しかも大好きとか…」

「本当だぞ。俺は見ての通りだし、アリアスはババアに怯えてるからな。父さんなんて情けないことに完全に尻にしかれちまってる。お前だけだ。普通に接してるのは。だからババアが構い倒してくんだろ」

 普通? え? 普通?

「どこが?!」

 僕だって怯えてるのに。

兄さん退室するのはやすぎ…。

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