喧嘩するほど
魔法により自我が宿った道具を、魔道具と言う。
自我といっても、棚や本がべらべらと喋るようになる訳ではない。人間のように様々な性格を持ち、手足があるものは動けるようになるのだ。
例えば、姉さんが大切にしている数多くのぬいぐるみ達。
姉さんにルイスと名付けられた茶色の犬のぬいぐるみなんかは、中に詰められている綿が飛び出してくるんじゃないかというくらい、尻尾を左右に振り回すようにブンブンと振る。あれが顔に当たったらそれなりに痛いんじゃないだろうか。無駄に気になる。
人懐っこい性格のようで、僕に飛びついてきたこともある。まるで本当に生きているかのようだ。
自我が宿り、性格を持ち、体を動かせるようになったぬいぐるみ。それは吠えもしなければ、目を瞬かせることもしないし、食べることだってしない。
生きていないけれど、生きている。
これはぬいぐるみだけでなく、全ての魔道具に共通することだ。
そしてそれらのものには全て、何処かしらに魔法陣が描かれている。
魔術と呼ばれるそれは、魔法の類とは一味違う未知なる技術だ。
魔法は生まれながらに魔力をもつ人間が呪文を唱えることで発動するものであり、魔力を持ち得ない人達は微塵も魔法を発動することが出来ない。
けれど、魔術となれば話は別だ。魔術は魔法陣により発動されるもので、呪文もいらなければ魔力だって必要ない。なら一体なにを元にして発動するのかと聞かれても、仕組みが難しすぎて理解すら出来ていない僕が答えられるわけもなく。
それに、僕も兄さんも魔法を使える側の人間だから、魔術に対してこれといって思うこともなければ、感激することもない。魔法陣から炎が吹き上がっても、「そんなん人差し指からだせるし」といった具合なのだ。
しかし、姉さんは別格だ。魔法を使うことが出来ない姉さんは、魔術というものに酷く憧れの念を抱いている。それこそ、魔術に恋でもしているかのようだ。
ある日、姉さんがクマのぬいぐるみに描かれた魔法陣を熱い眼差しでもってうっとりと眺めながら、すりすりと頬擦りをしていたことがあった。その場面を目撃してしまった時の僕の気持ち。いけないものを見てしまった気分になり、これは誰にもバラしてはいけないと変な使命感におわれた。今も僕はその使命を果たしている。多分、一生続くんじゃないだろうか。
物を大切にしてほしいという思いから作られた数々の魔道具は、勿論それなりに値の張るものだ。値段が高過ぎると高飛車なやつもいるようで、扱いづらくあるけれど一度使い手を認めてしまえば騎士の如く忠誠を捧げるらしい。
絨毯なんか、その筆頭である。
絨毯と言ってもただの絨毯ではない。いや、性格がある時点で普通とは言い難いんだけれども。
家の床に敷かれるのが本来の絨毯のあるべき姿だが、中には空を飛ぶものもある。所謂、空飛ぶ絨毯だ。そのままである。
これが非常に便利なことに、人を乗せて飛ぶことが可能なのだ。たがまあ、厄介にもこの手の絨毯は乗り手を選ぶようで、気に入らない者に買われると翌日には元あった店に飛んで戻ってしまうのだから大変だ。逆に気に入られれば、破けても役目を果たそうとする健気な絨毯になり変わる。
それほど大きくはないので、大抵、一枚の絨毯に乗れるのは一人である。
つまり、一人につき一枚の空飛ぶ絨毯を買うのだ。
ちなみに僕の家族は全員所有している。ここら辺は流石は貴族である。一番高飛車な絨毯は意外にも僕のものらしい。これは母さんが言っていたから間違いない。でも、僕以外の者が触ろうとすると飛んで逃げるのはどうしてなんだろう。潔癖症なのだろうか。毎日洗ってあげた方がいいのかな。大切な絨毯なだけに、真剣に考えてしまう。絨毯本人に聞いてみたら、ぶるりと震えた後に僕の体に勢いよく巻きついてきた。どうなってるんだ。
たまたまそれを見ていた姉さんがうふふと笑いながら僕の手を引いて歩き始めた。何故そんなに機嫌がいいのか。行き先を聞けば姉さんの部屋だという。上機嫌な姉さんに連れていかれる絨毯に巻き付かれたままの僕。
はたから見れば可笑しな絵だが、幸いにもここは自分の家だ。指をさされて笑われることはないだろう。
「あははは! カルダ、なんだその格好は!! お前、最高! 俺の弟すげえ!」
ないと思っていたのに。
「兄さん、ちょっと落ち着こ「なに馬鹿笑いしてるのよ、はしたないわね。これだから野蛮人は嫌だわ」
姉さんちょっと落ち着こうか。
僕と繋いでいた手を解いて、変わりに自分の腰に両手をあてながら兄さんを睨む姉さんのなんと勇ましいことか。そんな姉さんをニヤニヤと意地悪く笑いながら兄さんが見やるものだから、姉さんの眉間のシワが一段階深くなった。眼光も鋭くなった。うふふと上機嫌に笑っていた姉さんはどこにいったんだ。それほどまでに兄さんが嫌いか。
「アリアス、今の自分を鏡で見て来いよ。野蛮人がどんな顔してるかよーく分かるぞ」
「なによそれ、わたしが野蛮人だって言いたいの?」
「だってそうだろ。俺、人の面見てこんなにも不快になったことねえし」
「それはこっちの台詞よ!!」
うっわ、始まったよ。
いつものことながらなかなかに過激な口論だ。そしてこんな状況にあっても僕は未だ絨毯に巻き付かれたままである。非常にいたたまれない。
僕がそう感じている間にも二人の口論は過激さを増していく。ニヤニヤしていた兄さんも段々険しい表情になってきた。姉さんなんてもう目も当てられない。今にも兄さんに飛びかかりそうだ。
「大体、なんでお前なんかがカルダといるんだよ。あいつが可哀想じゃねえか」
「随分な思い込みね。可愛い弟と一緒にいて何が悪いのよ。あんたこそ、カルダに近寄らないでちょうだい、馬鹿が移るわ」
「勝手なこと抜かしやがって。カルダは俺の弟だぞ」
「いいえ! わたしの弟よ!」
二人とも言ってることおかしい。
なんで内容が僕のことになってるの。しかも姉さん可愛いってなに可愛いって。僕が目指してるのは兄さんみたいに格好いい人なんだぞ。
「憎たらしいやつだな、ホントに。カルダの方がずっと可愛いぞ」
「憎たらしくて結構! それにカルダが可愛いのは当然のことでしょ」
なんだろう、この胸が締め付けられるような痛みは。