兄と弟の1コマ
言いたいことを全て吐き出して、すっきりした表情になった兄さんは、上機嫌にソファでゴロゴロと猫のようにくつろいでいる。
それに比べ、ずっと愚痴を聞かされていた僕はもう、ぐったりだ。
なんたる疲労感。何もしてないのに体が重い。
兄さんのことは好きだけど、毎回僕の所に来られては困りものだ。
母さんは無理だとしても、父さんの所に行けばいいのに。
少し気弱な性格の人だけれど、家族の中で誰よりも優しいのは父さんだ。
兄さんの長ったらしい愚痴だって、きっと喜んで聞いてくれるだろう。
うんうんそうだねとひたすら頷くことしか出来ない僕と違い、父さんならいいアドバイスだってくれるだろうし、姉さんだけじゃなく、兄さんの悪い所もさり気なく注意してくれる筈だ。
だから、今度は僕じゃなくて、父さんに言ってみたらどうだろうかと兄さんに提言してみれば、くつろいでいた姿から一変、前のめりになって、どこか不安そうに眉尻を下げるのだからたまったもんじゃない。
姉さんが見たら間違いなく気持ち悪がるぞ。
僕も若干思わなくもないけど。
「迷惑だったか?もう、来ない方がいいのか?」
今にも涙の膜を張りそうなほど不安に揺れる金の瞳に、頬をひきつらせて下手な笑みを浮かべる僕がうつっている。
ここで正直にはいそうですと言えばどうなることか。
拗ねた兄さんは、泣きじゃくる赤ん坊よりも手に負えないと、母さんが遠い目をしながらぼやいていたことがある。
だから僕は、兄さんが拗ねてしまう前に、なんとしてでも機嫌を取り持つのだ。
母さんですらお手上げなのに、僕がどうこう出来る訳がない。
「迷惑じゃないよ、ほんと、全然」
「そうか!」
なんか兄さんの顔が一気に輝いたんだけど。
このままじゃ邪魔になるかもしれないと、テーブルに積み上げたまま2日間放置していた数冊の本を抱えて立ち上がる。
片づけるのが面倒で、ついつい後回しにしてしまっていた。
兄さんの座るソファ、その後ろにある横幅の大きい本棚へ、本を落とさないようしっかり抱えながら足を踏み出す。
「俺も持とうか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう」
とか言っておきながら、実は抱えすぎて足元が見えない。でも僕だって男だ。これくらいは余裕である。
後ろで兄さんが低く笑う声が聞こえる。
「カルダ、お前はいい子に育てよ」
「ははっ。どうしたの、いきなり。兄さんこそ、あんまり姉さんと喧嘩し過ぎると、母さんに怒られるよ」
「ババアはいいや」
転びそうになった。
僕の名前を呼びながら慌てて立ち上がった兄さんに一声かけて、崩れそうになった本を抱え直す。
本棚に無事片付けたところで、一仕事終えた満足感に包まれながらソファに戻った。
この一連の間、何故か兄さんはずっと立ったままでいた。しかも無表情で僕をじっと見ている。
怒っているとも違うその様子に疑問を抱く。首を傾げつつも未だ黙ったまま立ち続ける兄さんを見上げた。
「どうしたの?」
「お前の成長を感じてた」
どこにそんな要素があったというんだ。
「…とりあえず、座ったら?」
ちょっと待ってなんで僕の隣に座るの。