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前日

「なあカルダ、ここってどうやんの? ここ」

「あー、それはこっちの公式を使うんだよ」

「なるほど」

 隣国に来てから4日が経った。あんなに不安がってた国王様達 への挨拶も、終わってみればなんとも呆気ないものだった。

 無駄に緊張し過ぎた僕を見てリカルドに大笑いされたことが一番恥ずかしかった。

 お姫様は僕の家に滞在している時、母さんからちょっとしたお願いをされていたらしい。

 いつの間にそんなことをしたんだ母さん。ウフフと笑いながら目を猫のようにして細める姿が浮かび上がって溜め息が出た。

 あの人は本当にくえない人だ。兄さんが苦手になってしまうのも無理はない。果てにはリカルドにすら警戒されてしまうのだから、もう少し優しさを持ってくれてもいいんじゃないだろうか。

 でも相手が毛を逆立てて反抗してくるのが愉快で仕方がないと喉を震わすのが僕の母さんだ。本当にとんでもない母さんである。

 絶対に怒らせてはいけない人だ。今更ながら、母さんのことをばあさんなんて呼べるリカルドに冷や汗が流れる。

 兄さんも凄いけれど、リカルドも大物かもしれない。将来は兄さんみたいになるのだろうか。性格的な意味で。

 幸運が逃げてしまうと思い深く息を吸ったら吸いすぎで今度は咳がでた。不覚。

 お姫様が色々と相談したように、母さんも随分ぶちまけたらしい。なにやってんだ我が母よ。

 いずれ僕が父さんの後を継いで伯爵家の当主になることや、それに伴って王族の教育係になること、この二つを叶える為に今以上の勉強と経験が必要なこととか、他にも沢山。その殆どが僕に関することのものだったようだ。

 なんとなく母さん達が僕を当主にしたがってたのは感じていたから、驚くよりもやっぱりかと肩をすくめた。兄さんや姉さんでさえ、お前が当主になれとほのめかしてくるのだから、これで気づかない方が相当な馬鹿である。

 僕自身、当主になることが嫌なわけではない。むしろやってやるという気構えだってあるし、僕なりに覚悟もあるつもりだ。僕なりに、だけど。

 でもそうなるためにはまだまだ実力不足だ。知識も経験も全然足りない。

 知識はまあ、勉強すれば補うことが出来るけれど、経験からしか得られない知識やそれ以上のものだってある。そういった貴重たるものを少しでも得るためにと、今回の遠征に踏み出したんじゃないのかなと思う。

 あくまで、僕の憶測に過ぎないことだけれども。

 師匠と敬愛する人の奥様のためならばとやる気の炎が燃え盛ったお姫様は、次期当主として僕を育てることに協力を申し出たらしい。そこで、あのリカルドの俺の家に来いよ発言である。

 お陰で僕はこの国にきてから猛勉強させられている。その一方でリカルドに勉強を教えるよう頼まれたのだからもう大変である。

 ちなみに僕に勉強を教えてくれているのはお爺さんだ。最初は暇だからという理由で引き受けたらしいが、僕が優秀故に教えるのが楽しくなったと言っていた。そうか。僕は優秀なのか。

 嬉しくてその日は一日中調子に乗ってにやにやしていた。次の日は盛大に反省した。もっと澄まし顔で受け止められるようにならなければ。

 今は僕がリカルドに勉強を教える時間だ。明日はお互いお休みだから街へ遊びに行く計画を立てている。お姫様に許可はもらったから堂々と行けるのだ。

 これには僕よりもリカルドの方が喜んでいた。今日の勉強に一段とやる気を見せているのもその影響だろう。かく言う僕もそうだけど。

 なんと言っても初めての他国である。街に限らず、興味関心の対象はたくさんある。学べることも多くある筈だ。お爺さんも一緒に来てくれるそうだから、色々質問もしよう。あわよくば美味しい食べ物も奢ってもらおう。子供という利点を生かして可愛く強請ればいけるかもしれない。

 なんにせよ明日のお出かけが楽しみでならない。

「よっしゃ! できたぞ」

「おお、早いね。じゃあちょっと見せてもらうね」

 どんなもんだいと胸をはるリカルドに自然と笑いが零れた。ふっ、お子様だな。

 勉強と言っても、今回学んでいるのは国の歴史に他ならない。どんな時にどんな人がどんなことをしたのか。そういうことを主に学んでいるのだ。自分の国はともなく、他国の歴史を学ぶのは存外に面白い。文化の違いや習慣の違いなんかは特にそうだ。新しい発見には毎度心が躍る。

 そんな僕をリカルドがどこか冷めた眼差しで見てくる時がある。なんだその目はと冗談っぽく笑い飛ばしたら今度は可哀想なものを見るような、生暖かい眼差しになった。兄さんがよく僕に向けてくる視線に極似したものだ。やめてくれ。兄さんに会いたくなってきたじゃないか。

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