訪問者Ⅲ
桜田帝国。目の前にある場所は、世間でそう呼ばれている。
直径2キロの円を描く敷地にビルが密集しており、そのど真ん中に、高さ300メートルの長高層ビルが聳えている。
これが位置しているのは街中からはかなり離れている場所で、山の近くだ。扇状地に造ったような感じである。
確かに、周りのビルを城壁に見立てると、1つの国に見えてもおかしくない。
仮にあのビルが城だとしたら、今から俺たちが入っていくのは、城下町に該当するだろう。
ここで、決して東京○○ランドを意識して作ったものではない、という桜田グループの長であるセリカの父、桜田健三郎の意思を、先に伝えておく。
俺たちは、あれから駅に向かい、そこから約40分間電車に揺られて、「桜田本社前」という駅で降りた。駅から歩いて2分のところに、その正門はある。所謂、「駅チカ」だ。しかし、場所が場所だけにその言葉は似合わない。
入口に「桜田グループ本社地区」とある。
それを見たリノが、わぁ、すごい、と両手を広げて楽しそうだ。まるで遊園地に来たかのようである。
そのままはしゃいで、彼女は軽やかに敷地に入って行く。
「おーい、待ちなってー。ここ広いから、バスが来るんだー」
そう言って呼び戻す。今回はおとなしく戻ってきた。
「そんなに広いんですか、ここ。知りませんでした。ニュースでしか見たことなくてですね、大きいな、くらいにしか認識してなかったんですよ」
えへへ、と笑う。
「おぉ、早速来たぞ」
丁度その時、向こうから大型のエンジンの音がして、目を向けると「セントラルビル行」と表示のあるバスが入口の門に来ていた。
このバスは桜田グループが手配している会社用のものなのか、料金はいらない。休日とあって誰も乗ってなかったので、一番奥の席に二人で大きく陣取る。
リノは猫を抱えたまま、外の景色に目を輝かせていた。そういえば、さっきも電車では同じような感じだったな。
俺は慣れてるから何も感じないわけで、普通の人が見たら結構驚きなんだな。と勝手に理解する。
ところで本来ならペット持ち込み禁止だが、運転手は事情を知っているらしく、俺たちの行動を止めることはなかった。
「何分くらいで着くんですか?」
突然にリノが訊ねる。振り返る仕草が可愛らしい。
「まぁ、5分も掛からないよ。結局はこの敷地内だけの移動だからな」
週1でここに通っている自分でなくても、敷地内の移動だけであると気付けば、そう時間が掛からないことは容易にわかる。リノは、そうか、と手を合わせて大袈裟に納得した。
彼女も疲れたのか、さっきまでと比べて、言葉数が少なくなっている。ただ、気丈というか、なんというか、その疲れた様子を顔に出さないのは、まだ小さいのにすごいと思う。そういえば、
「お前って、今何歳なんだ?」
これは結構重要な要素だった……勿論、仕事に於いてである。
「今ですか?14歳です。初々しい青春真っ只中ですよ」
なんだか、年齢を言った後の間が、なんだかアイドルのようだった。
「へぇー、そうだったのか、てっきり小学生くらいかとおも」
蹴りが入った。割と離れて座っていたのに。
「すいませんねー背が小さくて子どもっぽくて」
気に触ったようだ。犬が唸る音が聞こえるような顔をしている。
「あぁ悪い悪い。あなたは立派な中学生です。青春真っ只中です」
「わかったならいいです。でも急にどうしたんですか?依頼にでも関係あるんですか?」
「まぁな。年齢とその依頼によっては断ることもあるからな」
「成る程。いや、私はてっきりナンパの一環だと思ってました」
またさらりと……
「だから、俺はそんなガツガツしてないってーの。それに、中坊には興味無い」
「あっ、そーなんですねーわかりました。私からの質問は以上です」
物凄く不機嫌そうに返された。いや、言いがかりを付けてきたのはそっちだからな。
「なんだよ、不機嫌そうに。中学生大好き!みたいな方が引くだろ」
「そういう問題じゃないんです!」
ぷいっと横を向いてしまった。いや、なんなんだよ、と思いながら話を終わらせる。……ホントに女の子はわからない、とも思った。
すると外の風景が開けて、目的地であるセントラルビルに到着した。
『間~ぉなく~、セントラルビル~、セントラルビルゥ。お~りよさいは~、お~すれぉぉのぉいよぅ、ご~注意ふだすぃ』
随分とクセのあるアナウンスだったが、何を言っているのかはわかる。運転手も、これが作業の一つになってしまったので、客に何を言っているかわかればいい程度の音しか出さないのだろう。
「さて、行きますか」
リノは頷いて、俺の後に続いた。
窓から見ていたのでわかってはいたが、日は傾きかけている。時計をみると、もう17時だった。
「以外と時間が掛かったな、ここに着くまで」
「そうですね。電車の時間が合わなかったのが大きいですかね」
特に意味の無い会話を続けながら、ビルの入口まで歩くと、着いたと同時に大柄な男が自動ドアから出てきた。
「おぉ、サスケじゃないか!タイミング良いなー。準備ならできてるぜ。セリカが上で待ってる」
スポーツ狩りに顎髭を生やした目の大きい中年男性、佐伯絆は、俺の背中をドスドスと叩きながら大声で笑ってどこかへ行った。夕方のトレーニングだろうか?
しかしいきなり彼は振り返って、
「あんまり女の子をたらし込むんじゃないぞー!」
余計なことを言った。
「人聞きの悪いこと叫ぶんじゃねー!」
そう俺が言い返したときには、彼は既に向こうを向いていて、片手を挙げてテキトーな返答をされた。
「うわ、ヤッパリ夙川さん……」
リノがドン引きした目で見てくる。いや、そんな目で見ないで?俺は健全なお兄さんだから。
「うっせー。無視だ無視……」
そう言って自動ドアをくぐった。
ビルに入ってから諸々の認証を行い、エレベーターに乗る。最上階のボタンを押すと、15秒程で着いた。
ここは社内では「最高裁」と呼ばれてる場所だ。
社内でのあらゆる提案の、全ての決定権がここにあり、その提案の採用、不採用はここでの会議で決まる。
俺的には「天守閣」という呼び方にしてほしかった。最高裁だと、城のイメージが崩れてしまうからだ。しかし、この名前が付くほどに「採用」が出るのは難しいことなのだそうだ。
それで以て「最高裁」。エレベーターを降りて道なりに進んだ先にある部屋。俺はそこのドアを押した。
「やっと 来たわね」
「おーす。悪かったな、色々手間掛けさせて」
相変わらず不機嫌な声だった。椅子に座ったまま、こちらを向こうともしない。
「んで、どういうことなの?説明しなさい……って可愛いーー!」
椅子を回しながらこちらを向きかけたセリカが、リノを視界に入れた途端、暴走し始めた。
「キャーー!何この子!チョー可愛いじゃん!ヒョー!」
ドタバタとリノの方に駆け寄り、リノをあれやこれやとする。その間は「キャー」とか「ウヒョー」とか、野蛮っぷりを丸出しである。
「あ、あのー……」
「あー!もう、生きてて良かったー!」
リノの言葉など耳に入れず、思うがままに行動を続けるセリカ。
「あのー、すいません、私……どうしたらいいんでしょう……」
聞く耳を持たないセリカに抱きつかれたまま、俺の方を見て、リノが困った顔をする。
「まぁ、そのままじっとしてな。その内、治まるから」
「はい……」
本当にリノは困った顔をしていた。さっきまでの勢いが全部削がれた感じだ。猫も、この時だけは危険を察知したのか、そそくさと俺の足下に来た。ただ、これが戯れだとわかっているのか、幻覚は発動させなかった。
すると暫くして、
「ふぅ~……。いやー、満足だわ」
酒を十分に飲んで満足したオッサンのような言い方だ。
「あ、ゴメンね、急に。あんまり可愛いから、ついやり過ぎちゃったかも……」
ヨダレを拭きながら、そんなこと言われても信用できない。しかも顔がまだにやけている。本当に反省してるか、こいつ?
「い、いえ、大丈夫です。始めてこういうことされたので、ビックリしちゃって」
ってお前もお前でそれでいいのかよ!さっきの、助けてくれ、はそういう意味だったのかよ!
「夙川さんと一緒にいるより、千倍マシです」
……ナッ……!
「だよねー、変なことされなかった?大丈夫?」
二人揃ってゴミを見る目で俺を見てくる。
「はい。でもさっき年齢を聞かれました」
「まぁ、女性に歳を聞くだなんて!」
また同じ目。もうやめてくれ。
「おい、お前らいい加減に……」
「あーやだ、そうやってまたネチネチと説き伏せる積もりでしょ!いつも私を卑下して……ホンットこれだから……ねぇ?」
「また」とか「いつも」を強調し、「ねぇ」で二人の息が揃った。
本当に嫌な奴らだなお前ら!
「おい……芝居もそこそこにしとけ。時間がねぇんだ、さっさと会議してしまおうぜ」
そう言うと二人はブスッとして「ねー」と互いに首を傾げた。
女子、怖ぇ……。これがもしかしたら、今日一番の教訓かもしれない。
その後、リノとセリカは互いに自己紹介みたいなのをし、佐伯さんが戻ってきてから会議が始まった。
因みに佐伯さんは、トレーニングではなく、晩ごはんの買い出しに行っていたみたいだ。
やはり、今日の会議は長引きそうだ。