襲撃者AーⅠ
生暖かいビル風が吹く、とある都会の交差点。
休日の昼間とあって人通りは多い。
信号が青に変わり、塞き止めたダムを開放するように、人が流れていく。
友人たちと群れてる人、あるいは一人で歩く人もいる、家族で仲良く歩く人、恋人と手を繋いで歩く人。誰がどう見ても、普通としか言いようの無い風景である。
その中に、その誰とも異質な空気を放つ男がいた。
年齢は不詳だが30代に見える。
5月だというのに黒のロングコートを着て、マフラーを巻いている。頭にはシルクハットを被り、その下はスキンヘッド。頭の血管が青白く浮き出ている。背は割と高く、手足は昆虫のように、細長い。ちなみに足は裸足だ。
そして何より、この見てくれより奇妙なのがその顔である。一言で言えばバッタ。細長い顔に、目は離れており、焦点は合ってない。鼻は、あるのか無いのかわからない程に平ら。そして口元は、涎にまみれた下顎だけが突き出ていて、そこから黄ばんだ歯が露出している。
彼は信号を渡ることもなく、表情のわからないその顔で、通り過ぎる人たちのその蔑む視線を受けていた。
その間、彼は微動だにしなかったが、突然、腕時計で時間を確める。
すると、にやりと笑うような表情をして、その複眼のような目を閉じる。
しかし、彼にとってその目は本当に複眼だったのかもしれない。
今、彼の目にはあらゆる「繋がり」が見えている。
電波の送受信による繋がり。人と人の繋がり。過去から未来への繋がり。
彼はその全てを見ることができ、触れることができる。
勿論、それらを切ることも。
有り体に言って、彼はそれを生業としていた。
今回は「玉座の猫」回収のため、その周辺人物の排除を任された。排除、というのは決して殺すという意味ではなく、関係を「切れ」ということである。命を奪わないだけ人道的だろうが、それが良いことなのか、悪いことなのか、彼には理解できなかった。
今はその猫を中心とした「繋がり」を見て、意識の中でその繋がりに手を触れている。
感触は様々だ。その繋がりが強ければ強い程に、固く、そして強く結び付いていて、逆もまた然りである。ただ、その結び付き方も様々で、綱のように線が絡み合って一本の繋がりを成しているものもあれば、何本もの線が束になって繋がってるのもある。因みに前者は家族や恋人などに多く、後者は会社の管理職などに多い。
しかし今回は、今まで見てきた繋がりの、そのどれもとは異なるものだった。
主に「過去」という軸に伸びた繋がりが、まるで大木のようである。そればかりでなく、その猫を抱える少女との繋がりは、光を放つ程に輝いていたのだ。
「あぁ!なんとこれは神々(こうごう)しい!」
思わず彼は叫んでしまった。しかしこれは意識の中での出来事だから、現実で通報されることはない。
「これを切るだなんて、私にはできない!……だが、この繋がりの感触を他の者が共有するなど許せない!ん?この近くにいる男はダレダ?……コイツ!横取りしようとしてる!ダメだ!許さない!」
そう言って少女の横にいる男の繋がりを全て切ろうとする。
しかし、刃が入ったのは数ヶ所だけで、それらは大した繋がりではなかった。つまり、全く人生に支障がないレベルと言っていい。
「な、何でだ……?まさか、コイツ……!ぬぁぁぁあ!」
途端に動揺した男「ラインカッター」は、意識を現実に戻し、項垂れ、そして叫んだ。
その複眼のような目は血走り、下顎にはだらだらと涎が流れ落ちている。それが吐く息に合わせて飛び散ったり、泡を撒いたりしている。
それを見ていた路上の人々は、悲鳴をあげたり早足で遠ざかったりした。
男はそんなことは毛頭気にせず、ロングコートの袖で下顎を拭い、確と前を見定め、その裸足で走り始めた。
その口が笑っていたのかはわからないが、その口の中では、直に殺さなければ、直に殺さなければ、と繰り返し呪文が唱えられていた。