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護り人、破壊人  作者: 新千 愛作
預り屋
3/8

預り屋Ⅲ

五月。第2土曜。冬の寒さはとうに過ぎ去り、暖かさを感じる頃。世の中はゴールデンウィークから五月病を患ってるようで、何もかもが浮き足立って見える。街中の方けら聞こえてくる音は何か催しものだろうか。随分と賑やかだ。

日の差す窓辺に寄り、光に満ちた世界を眺める。

…子どもの頃はこういう日が楽しみでたまらなかった。親に手を引かれながら、街に溢れる新しいものを見るのが面白かったのである。林立するビル、大きな道路、その端を歩く自分たちと同じ家族連れ。そのビルの大きさや規模、人の顔ぶれは今までに見てきたものとは異なり、新鮮な気分にしてくれる。もっと新しいものが見たい、もっとこの新鮮な感覚を味わいたい、そう思っていた。この知識欲にも似た感覚がいつも楽しみだったのだ。家族という狭い社会の枠を取っ払って、大きなコミュニティに接触することが、この喜びを与えていたのかもしれない。

今見ている景色はその時とは異なるだろうか。勿論、成長するにつれて、人は様々な価値観を身につけるから、物の見方は変わってくる。しかしこういう景色を見て、体が自然と外に出たがるのは仕方ないだろう。

…思いに耽っていると、弟が朝食を持ってきた。

どうやら今日の朝は、ご飯と蒸した鮭、味噌汁という典型的な日本食のようだ。

「兄さん、朝できたよ」

「おぅ。ありがと。うまそうだな」

「そりゃ母さんに仕込まれたからね」

そう言いながら俺と仁は、椅子を引いてカウンターの席に座る。

では、

「いただきます」

息はぴったりだ。昔から俺達は仲がいい。ただ、俺はいつも下手にでることが決まってる。

「いい天気だな」

「そうだね。あ、でもまだ外に出たらだめだよ?あれからまだ3日しか経ってないんだから。もうちょっと休まないと」

早速、釘を刺された。察しが良いというか何というか…。

「わかってる。体もまだ痛いし、コンタクトだってまだだろ?」

「まぁ、自覚があるならいいよ。そうそう、コンタクト、明日にはできるってセリカが言ってたよ。でもやっぱり僕、兄さんは眼鏡の方が似合うと思うんだけどなぁ」

「ほっとけ。俺は眼鏡が嫌いなんだ。こんな鬱陶しいもの…!」

そう。俺は眼鏡が嫌いなのだ。正確には眼鏡を掛けるのが嫌いなのだ。あの頭を拘束する感じが、たまらなく不快に思える。それでもって何時もコンタクトを着けている。弟や家族は眼鏡の方が似合うと言うが、俺にとっては似合う、似合わないの問題ではない。どうしても、嫌なものは嫌なのだ。

ところで、というかやはり、というか、この能力を抑えるためには何らかの処置を施さなければならない。そういうわけで、この能力が発現してから、うちの家族と桜田家はその手段を試行錯誤してきた。そうして見つかった方法が2つだけある。

1つは、俺自身がそれを制作すること。

もう1つは、俺が理解できないレベルで制作物に一工夫入れること。

だった。

この結果は能力を浮き彫りにしてるようにも見えるが、まだはっきりしたことは判ってない。効果の内容があまりに単純すぎて、効用範囲が広すぎるからだろう。それに、この効果があると分かるまでにも随分と時間がかかった。

だから、能力はまだ解明されたわけではないので、今後も新たな発見があると考えられてる。そのせいもあってか、能力の定義が抽象的になってしまったそうだ。


そんなことを頭の中で再確認しているうちに食は進み、完食していた。仁はまだ途中のようだ。するとちらり、とこちらを見て、

「また考え事?」

と聞いてきた。そんな気難しい顔でもしていたのだろうか。

「いや、何でもない。今日はどーすっかなー、って思って。何もしないのは退屈だし、かといってできることもないんだよなー」

これは事実で、結局家に籠もるしかないのはわかっていたが、本当に何をすべきかは悩みどころである。

「…ならお客さんでも捕まえてみたら?ネットとかで」

「それを言うかお前は。わかってんだろ?この仕事に全く需要が無いことくらい」

自嘲気味に返答する。仁も揶揄(からか)っているんだろう。彼はニヤリとしてからご飯に手を伸ばす。そこで、暫く無言の会話が続いた。


この仕事、預り屋は全く需要が無い。勿論、仕事の幅が狭すぎるからだ。単に物を依頼主から一定期間預かって、その間ブツを守り通す、というもの。預かってる間の条件は依頼主が自由に設定できる。基本的には、お宝などの貴重品を預かる。

…という建前だが、そういった貴重品を持ってるような人は、預り屋に預けるまでもない設備とセキュリティを持っている。つまり、依頼するまでもない、ということだ。

たまにだが、勘違いをしてペットなどを連れてくる人や、子供を預かって欲しい、と電話を掛けてくる人もいる。

そんな人達の助けになってあげたいのは山々なのだが、生憎のところ部屋は狭いし、もしかすると危険が及ぶかもしれないので、お断りしている。その時は、どの人も首を傾げながら帰っていく。それは至極当然のことなのだが、一般の人にはあまり深入りして欲しくないので、俺はえへへ、と意味不明な愛想笑いでその場をやり過ごすことにしている。

では、如何にして俺たちは生計を立てているか。言うまでもなく、依頼を受けているからだ。…矛盾してるようだが、依頼はゼロではない。ほぼ、ゼロなのだ。それは、桜田家から依頼を受ける、ということである。

桜田家は昔から大金持ちで、今は桜田グループというあらゆる商売に通じた一グループのトップに君臨している。なので昔からお宝などの高価なものを所有している。

一方うちの家族は、昔から桜田家に仕えてきた一家で、主にそのお宝の管理を任されていた。その役目が続いて、今の俺が十代目の管理役だそうだ。…何の名誉もない仕事だ。ただ、桜田家の頼みもあって、今まで続いてるらしい。

こういう主従関係ではあるが、今となっては親同士も仲も良く、これといって差別のようなものもない。ただうちの家族は、いつまでも面倒を見てもらっている桜田家には少しばかり申し訳ないらしく、ここ20年くらいは自分達でも仕事をしているようだ。現に俺の父は管理役を辞めてからは教師、母は昔から図書館司書をやってる。

これら様々の理由で、預り屋を継いだ俺は桜田グループ専属のものとなり、彼らをパトロン的なものとして現在の生活を送っているわけだ。


おっと、また少し考え事をしていたようだ。

「兄さん、食べたなら片づけてよね」

いつの間にか食べ終わっていた仁にハッとさせられた。

へぇへぇ、といいながら食器を流しへ持って行く。

家事全般は仁がやってくれる。よくできた弟だ。

小さい頃から俺は跡継ぎとして、仁は立派な人として育てられてきた。なので両親はどちらにも厳しかったが、俺から見れば弟の方がしごかれてたように思う。そのお陰もあってか、高校生の弟は今、県内随一の進学校に通っている。そして家から通うのは遠いので、両親は俺が二十歳になったのをいいことに、面倒見係として俺を派遣し、高校の近くで一緒に暮らすことになったのだ。ただ、今この感じからすると、面倒を見ているのは俺ではなく、弟であり、寧ろ負担を掛けてると言っていい。

そんな気持ちから、

「悪いな」

と声をかける。すると、

「まぁ兄さんにはできないからね、仕方なくやってあげるよ」

こちらを見ることもなく、あっさりと返答してきた。少し急いでいるのだろう。

「今日は部活か?」

「まあね。あと15分で出なきゃいけない」

「やっぱ急いでんのか。いいよ、あとやっから」

そういって兄貴ぶってみる。

「あぁ、なら悪い。残りやっといて。えーと、この残りの皿と鮭を蒸した鍋を洗ってから、お風呂とお風呂の排水口掃除してざっと部屋全部に掃除機かける。んで、そのまま拭き掃除をしてベランダのゴミを掃く。それから今日は燃えないゴミの日だからそれも捨てること。あとは今日の夜のご飯の買い出しに行っといてくれるとありがたい。ってそれは無理か、今は外出禁止だから」

するすると言葉が出てきて少し戸惑った。

「わ…わかった。えーと、この皿洗って、風呂洗って…えーと…」

「あぁー、できないやつはやらなくていいよ、帰ってきたら僕がやるから!」

そう言いながら彼は、急ぎ足で自分の部屋に戻っていく。忙しないな。そう思いながら、皿を洗う。

そうして、なんとか準備を終えることのできた弟は、玄関で靴を履いている。

「おぅ、間に合ったか。気を付けてな」

「お陰さんで。まあ、大丈夫だよ。多分5時か6時位に帰ってくると思う」

「そうか、わかった。それまでなんとか暇を潰しとくよ」

正直長い、と思ったが、ここまで爽やかな笑顔で言われると早く帰ってこいとは言えない。

「じゃあ行ってくるー。あ、外に出たらだめだからね!安静だよ!」

そう言って彼は軽やかな足取りで駆けていった。

俺は理解の意を表す笑いを返しながら、手を軽く振って送りだした。

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