表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護り人、破壊人  作者: 新千 愛作
預り屋
2/8

預り屋Ⅱ

台詞が聞こえたと同時に顔を床に押し付けられ、痛みに声を上げそうになるところで、猿轡をはずされた。かなり手荒な扱いだ。

「……ってーな。話すわけないじゃないか。笑わせるな」

ここで話してしまうようなやつは、そもそもこの仕事に就いてない。しかし、額はまだ痛む。

「まぁそうだろうな」

男の太い声が答える。さっきとは違う声。雰囲気からして監視は二人いるようだ。ただ監視といっても一人は本当の監視で、もう一人は聴取係だろう。

それよりも…

「おい、ここは何処だ」

「それこそお前さんには話さんよ」今度は細い声の方が喋った。

「お前さんの能力のことは上層部から聞いているからね。随分と厄介だね、それは。だけどここまですれば、お前さんでもどうしようないだろう」

そう男は言う。この声は細い、というよりはシニカルな面が強いことに気付く。それ以外の情報はどうでもよかった。

正直、能力のことまで知られているのは厄介だが、相手がそれを知っているからといって、この目に対向できるわけではない。それに、閉じている(まぶた)を今すぐ開けることで、眼帯を無くし、縄を消し、自分を囲ってるだろう檻を破壊してしまうこともできる。

相手は、自分が既にこの場からの脱出が可能であることなど(つゆ)知らず、莞爾(かんじ)を浮かべているのだろう。しかし、今それを行ってしまうと、此方が圧倒的に情報戦で不利になる。

と考えたところで再び、シニカルな声。

「あの宝はボスが前から欲しがってたやつでね、今回は何としてでも手に入れろ、と言われたんだな」

「なら、うちのオーナーに直々に相談すればいいじゃないか。わざわざ専属の預り屋まで監禁して情報を聞き出す必要あんのか?」

「それは大人の事情というやつだよ、お前さん。君にはまだわからんよ」

大人の事情、か。よくできた言葉だ。本来はやむを得ない状況に使うべきなのだろうが、こういうときは屁理屈にもなる。そこで、これは尻尾を掴めたかな、と思いながら少し鎌をかけてみることにした。

今回アイツから預かってる「宝」は「竜の鱗」。中身は見てないが、本人の話によると、ガラス細工のように綺麗な形をした天然の宝石だという。話だけ聞くとオーパーツか何かか?と疑いたくなるようなものだが、実際にその石には年輪のようなものがあり、確実に天然らしい。

そしてそのブツは先日、アイツこと桜田セリカが盗んできたとされている(世の中的にはセリカの家の会社だが)。というのも現在アメリカで開かれている展示会で突如それが盗まれ、それと同時に「竜の鱗」を桜田グループが所有しているという噂がリークされたからだ。

しかし本当のところはというと、アメリカにあった物は偽物で、日本で保管していたのが本物。それを知っていたセリカの父は、セリカを通して、展示会が開かれる前に俺に依頼をしてきた。つまり、どんなに相手が早く動いても此方は2、3手先を行ってるわけだ。

この事と、既に俺を捕らえてるという行動の早さ、規模からして敵対勢力は東アジア圏の大きな組織であると推測できる。というわけで、

「…へぇー。で、どうしてデューペンスのボスは俺が預かってる『宝』が要るんだい?」

そう返すと、相手の粘ついた笑顔が冷水を浴びたように変わったのは眼帯越しからでも判った。ついでに言うと、会話を聞いていただけの監視役が驚いたのか、椅子の音を立てた。しかし、相手も初心者ではない。

「ほう、察しがいいな、お前さんよ。…うん、確かに私たちはデューペンスだ。ただね、君一人や桜田グループがデューペンスを相手に何ができると言うんだい?我々は東アジア圏を束ねてる。単なる一企業とは規模が違うんだ。死にたくない、或いは会社を潰したくないというのなら、大人しく『宝』を渡すかその在処を教えることだな」

焦りというものが全く無かった。彼が驚きながらも冷静さを欠かなかったことに少し感心し、その勢いで此方も一手先に進めることにした。

「やはりデューペンスか。…そりゃ俺達の手に負えないや。わかった。アメリカから盗んできた『宝』は御前たちやるよ」

少し向こうは呆気に取られたような空気を醸し出したが、

「そんなに軽々しくお前さんが決めてしまっていいのかい?」と、元に戻ったのか、皮肉めいた口調だった。

「依頼主からは『もしデューペンスやら中国政府やらのデカイ組織なら渡して構わない』と条件指定されてるんで」

「フッ、臆病者めが。笑わせる。…了解した。では後日、此方の使者をグループの本社に派遣しておくので用意するよう、今ここで連絡しろ」

「わーったよ。…やっぱり眼帯外してくんないよね」

「愚問だ。これを使え、もう掛かっている」

手際がいいな、と思いつつ、腹の底では笑いながら電話にでる。

「あーもしもし、僕です。佐助です。……ええ………えぇ…はい、はい、えぇ、そういうことです。では予定通りに、お願いします。はい、それでは」

向こうの電話が切れた。こちらが手を使えないことをわかってくれてのことだろう。すると、

「フンッ、終わったか。もう分かってるとは思うが君はもう用済みだ。その能力は惜しいが、あまりに使い勝手が悪すぎる。むしろ面倒だ。というわけで、さらばだ、青年よ」

額の先に殺意を感じる。ただその殺意はには何の躊躇いもない。自分の利益の為に、何人も人を殺めてきた殺意だ。

佐助にはこれがわかった。そして、このときを待っていたとばかりに無邪気な笑みが浮かんでしまう。

男が引き金を引く0コンマ7秒前、瞼を開いた。脳が光を遮断されてると認知した瞬間、眼帯が消える。0コンマ2秒前、その先にある銃口を見た。瞬間、男の手にある銃がバラバラになる。

それと同時、後ろで待機していた大男がマシンガンを構える。しかし、男が引き金を引いた瞬間、それは鉄屑と化す。

次は目の前の男がナイフを取りだし、この目に向かって刃を一閃に振る。判断は悪くない、と思うもナイフが目頭に触れた瞬間、これも塵となる。相手の体軸がずれた所に、縛られた脚を回して、その足元掬って頭から落とす。ついでに縄も消えてなくなる。男は意識を失っていた。

そして周囲を見渡す。3メートル四方、コンクリート敷の床、天井には電球が2つ。入口は檻のようになっていて、外にも同じような檻がいくつもあるように見える。最初は研究所かその類いかと思ったが、どうもそのようには見えない。

後ろを向いて腕の縄を消したとき、大男の腕が、ラリアットが飛んできた。勿論、この目の能力は人体には効かない。せめて目だけでも守ろうと思って腕で盾をつくる。が、ミシリ、と何かが入り込む嫌な感じがしたと同時に重力から解放され、浮遊感と激痛が体中を走る。壁にぶつかり、口の中に鉄くさい臭いが広がる。前方には追撃の体勢を整えた大男。

次の一撃で確実に殺される。そう確信せざるを得ない程の殺気を、巨体は放っている。


だがこのとき、勝利の鐘は、既に頭の中に鳴っていた。


先程のセリカの父との電話内容が思い出される。

『佐助くん、今君は山奥のダムに監禁されてる。衛星を使って探知した。ダムだと分かれば破壊するのは容易いだろう』

『しかし、問題がある。君が今そこにいる、ということだ。自身が破壊に巻き込まれては元も子もない。だから私は今から援助用のヘリを飛ばす。5分だけ耐えてくれ。5分後にヘリの到着及びダムの稼働を開始する』

『それで、偽物を用意すればいいんだな?という建前の文句を付け加えておく。それでは、また後で会おう』


周囲から地震のような音が発せられる。男はこれを(いぶか)しんで天井を見上げているようだ。しかし、何も起こらない。そう判断して男が一歩踏み出したとき、そこはもう空中だった。

分厚いコンクリートの壁が、尽く粉や塵へと姿を変えていく。向こう20メートルくらいから勢いよく水が落ちてきている。何百トンにも及ぶ質量をもった塊は、容赦なくその粉塵を呑み込んでいった。

男は力がぬけたのか、手足をぶらつかせながら茫然とした目で自分を見てくる。

実に滑稽だった。殺意に満ちた猛獣が、何が起きてるかも分からずに、濁流に呑まれているのだ。この目は、傑作だ。そう、歪んだ感情は認識した。


重力から自由になる瞬間は一秒となく、すぐにその背中を掴まれ、急上昇していった。

自分は、あの一秒間の愉悦(ゆえつ)は何度経験しても忘れることはない。死の間際に見せる、人のあの表情。これ程にまで生を実感できるものがこの世にあろうか。だからこれからも必ずあの表情を作り出さなきゃいけないんだ。

だがそれでは満ち足りない。まだまだ足りないのだと、自分に言い聞かせた。


この感情が失せたとき、ヘリの窓を見て、自分の顔が笑って映っていることに、もう一人の佐助は戦慄した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ