キスとポッキー
甘いです。
ポッキーの日用のはずが若干ずれてるような……(笑
メールが届いたのは,学校からの帰り道のことだった。
来宮春香は携帯が音を立てたので,鞄から取り出した。ディスプレイを見る。見てみると,1番メールが来てほしい相手からだった。
携帯を開き,内容を心の中で読みだした。
差出人:陽
今から,会えますか?
よければ,声が聞きたいので,電話してください。
声が聞きたい,という文字を見た瞬間,素早く通話機能に切り替える。
そして,前川陽の電話番号を素早く呼び出し,電話をかける。
彼はコール1回で出てくれた。
「はい,前川です」
「来宮です」
「……」
微妙な沈黙が2人を支配する。少し躊躇いつつも,春香は言う。
「…なんか言わないの?」
「いや,春香からなんか言うのかと思って」
「……言わなきゃダメ?」
「だって,お前の声聞きたくて電話したのに聞けないって…悲しくない?」
お前の声が聞きたくて電話した。
その言葉に思わず春香は微笑む。
「だから,もっと声聞かせて?」
「なんか,嫌らしい感じに聞こえるね」
「それは,解釈が悪いんだよ。春香って意外に変態なんだね」
「やっ……違うからっ!!」
携帯を落としそうになる。彼の笑い声がよく聞こえる。
「春香,すごく可愛い。本当に今すぐ会いたいよ」
「…メグが重傷患者だって言ったの,すごく分かるわ」
「重症患者って……はぁ!?…い……いつ言ったの!?」
「結構前」
「…明日,メグの靴箱に画鋲入れてやろうっと」
「前くん!よくないから!!!」
子供じゃないんだから,と言うことは言わないておく。彼はそういうことを言われるのがあまり好きではない。
「今,どこ?」
「学校からの帰り道。前くん,学校早く終わったの?」
「テストだったからね」
「お疲れ様でした」
「どうも。このまままっすぐ来れるっけ?」
「大丈夫だよ。じゃあ,今すぐ行くね」
「じゃあ,後でね」
その言葉とともに,春香は電話を切った。携帯を鞄にしまいながら,春香は前川の家へ向かった。
ピーンポーン。
少し音質の悪いインターホンが鳴る。
前川はその音を聞いて,頭を持ち上げる。
インターホンを押した相手が誰なのかは想像ついたが,一応,画面を見て,受話器を取る。
「はい」
「来宮です」
「了解です」
受話器を元の場所に置く。そして,玄関で向かって歩く。
ドアを開けると,たまに見るセーラー服姿が見えた。
「よっ」
「こんにちは」
微笑む春香。しかし,すぐに首をかしげる。
「…帰ってきたばっかりだった?」
「着替えるのが面倒だったから。上がっていいよ」
「お邪魔します。……おばさまたちは?」
「おばさまって……」
目を白黒させる前川。しかし,すぐに言う。
「母は出かけてる。多分,晩まで帰ってこないから。姉ちゃんはバイト。父は会社」
「そっか」
前川の部屋に入る2人。
入ってすぐ,春香は固まった。
「……これ何?」
指をさしたのは大きめの袋。
「ポッキーだって」
「ポッキー……?結構入ってない?」
「10箱買ってきやがったからな」
「誰が」
「望が」
「……もっちーが?」
「ああ」
軽くため息をついて頷く前川。
「押し付けられたんだよな。放課後に」
「そうなんだ…。でも,いつ買ったの?」
「昼休みに学校抜け出したらしい。他のカップルにも渡してたな……」
「もっちー,相変わらずなんだね…」
2人で軽く笑う。
「で,なんでくれたのかしら…?」
「あいつ,「今日はポッキーの日じゃぁ!!!リア充諸君はおとなしくポッキーゲームをやれぇ!!!」って雄叫びを上げながら……」
春香は吹き出した。
「メグと何かあったのかしら」
「未だに春木と取り合いしてるんだっけ?」
「メグは,「あたしは関塚一筋だから。あんな奴になんか振り向くもんですか!」ってよくメールで書いてるわよ」
「強情だな。つーか,春木相手にあそこまで粘る女子がいるとは…」
「……それよりも「あんな奴に」ってところが気になるわ。嫌なことでもあったのかしら」
「分からない。心当たりは少なくともないよ」
「そっか。…かれこれ7年だっけ?」
「小学校高学年あたりだっつってるからな。そのぐらいだと思うよ」
ポッキーの箱を開け,袋から取り出す。2本取り出し,1人で食べる前川。
「2本とかずるーい」
そう言いながら,春香は5本取る。
「……それ,鏡に向かって言った方がいいと思うよ」
「最初って普通に「食べる?」って言って渡さないかしら」
5本ともおいしそうに食べる春香。
「我儘だな…」
小さく呟く。そして,ポッキーを差し出す自分は彼女に甘いのだろう。
「食べていいの?」
「差し出してるのに食べないの?じゃあ,食べようっと」
ポッキーを食べる。
「あ,ちょ……」
咄嗟にポッキーの先を食べる春香。
――………え。
思わず,ポッキーから口を離す。
「……春香?」
春香は,素早く携帯を取り出し,メール機能を呼び出した。そして,メールの画面を差し出す。
『ポッキーゲームしたいって言ったら,怒る?』
ポッキーをくわえながら,切実な目で見つめてくる。
小さくため息をつく。
「そんなことで怒るわけないじゃん」
そう言いながら,ポッキーをくわえた。
――にしても。
ポッキーを2口ほど,食べて互いの動きは止まった。
――どうしろって言うんだ!?
思わず,口を離しそうになるが,離したら春香が怒る気がして離していない。春香も動く気配がないので,頭を抱えたくなる。
――キスしたいな。
ポッキーゲームをしたからには,やはりそうしたい。
そう思っていると,さっさと食べたい衝動に駆られ,前川はポッキーを食べだす。いきなりだったからか,春香は軽く目を丸くしている。しかし,春香も少しずつ食べだす。
そして,気づくと,2人は唇を重ねていた。
しかし,前川はすぐに唇を離した。
「……あれ?もう,離すの?」
小さく首をかしげる春香の体を引き寄せる。
「普通にキスした方が俺はいい」
「そう?私は,気にしないけど」
「俺が気にするから」
春香が前川の腕の中で軽く俯く。
「なんか,悪いことしたね…。ゴメン」
「別にいいけどね。ポッキー食べれたし。望以外損した人はいない」
その言葉に,吹き出す春香。つられて前川も笑う。
「とりあえず,キスしていいですか?」
「なんで敬語……?」
「気まぐれだから。そういうところにいちいちツッコミ入れるのやめようか」
そう言って,前川は春香の頬にキスをした。思わず顔が赤くなり,離れようするが,前川の腕の力には勝てない。
「…抵抗しても無駄だって理解してる?」
「男女の体格差ってどうにもならないのね…」
「今更それを言う?」
「小学校低学年じゃこんなことなかったのに……」
「話が古すぎるよ。男をなめないでほしいね。他の男子にも気をつけなよ。こんなことされないようにね」
「ボーイフレンドを追い払うお父さんみたいな雰囲気になってるわよ」
「んなこと言うなよ。結構傷ついた」
「なんで?」
「おっさんみたいじゃん」
その言葉にまた吹き出す春香。前川は小さく頬をふくらます。
「もう絶対離してやらないから」
「そんなぁ…」
「春香からキスしてくれたら解放してあげようかな」
そういって,微笑む前川。思わず固まる春香。
「……しなきゃダメなの?」
「ダメに決まってるでしょ。離してあげないぞ」
「うー……」
小さく唸りながら,春香は唇を尖らす。
「恥ずかしいよ……」
「毎回恥ずかしいことを自分からやってる俺の立場になろうか」
「…分かったよ」
唇が重なる。
そして,春香はすぐに離した。
「……これだけ?」
「別にいいでしょ」
「はいはい」
――全く,俺のお姫様はわがままだな。
そう思いながら,解放してあげた。