効果女
シトシトシトシト
「おーい、こっちが雨になってるぞ」
うるさい上司が下働きの奥山にイライラと指摘する。
「……すみません! 雨はあっち指定でしたよね」
シトシトシトシト
「ちがう、ちがーう! この角度だ、もっともーっとあっち! 雨指定ぐらいちゃんと演れ!!」
「あ、あー! すみませーん!! い、一旦下ろします」
シトシトシトシト
「……今日はダメっぽいです」
「え? あ、先生!! わっかりましたぁー! おい、雨、雨中止!! 奥山、雨中止だよ!!」
「は、え、でもまだ……」
「せんせーから禁止出てんの! 察しろ!!」
「あ、はい……」
シトシトシトシト
「先生、これ……」
「おくやま、くん? 君がいいみたい。今日は連れて帰って」
シトシトシトシト
「……え」
「つ れ て っ て」
「……ほらね」
「あ、はい……」
シトシトシトシト
雨の降るシャワー室の中で、浴槽に寝袋を入れて奥山は今日の仮眠をとるしかなくなった。
シトシトシトシト
「あの日は晴れていたのにな」
シトシトシトシト
「あいつは泣いたりしなかったのに」
シトシトシトシト
「……なんで俺が良いんだか」
シトシトシトシト
「あんた、変わってるね。もしかして彼氏に似てたりしたのかな、俺」
シトシトシトシト
「わかんねーもんだな」
シトシトシトシト
「すこし寝かせて貰うよ」
シトシトシトシト
☆★☆★☆
地には水が満ちていた。
女王の祈りが河を溢れさせたのだ。
「橋を」
「ダメです、皇子。岸がもう……」
「木の中も水で腐っています、これではもうあの国は諦めるしか」
「――ふん、つまらない。僕が行く。そして橋をかけてやる。軍を下げるな。鬼術など!」
白妙の衣の皇子は、角髪に結った髪を揺らして濁流の上へ身を投げ、そのまま人ではあり得ない角度でグインと上体を捻って、空高くに翻った。
白鳥が雨の止まない空に輝き力強く羽ばたいた。
「……皇子」
「ぐ、軍を引くな!! 皇子がお渡りになった!」
「鬼術はおさまるぞ!」
白鳥の皇子を将に戴く一軍は高台に移動して、士気を高く保ちながら、鬼の女王の斃されるのを待って、眼下にある四方を水と山に囲まれた小国を見下ろした。
☆★☆☆★
シトシトシトシト
「――未練なのか」
シトシトシトシト
「なあ」
シトシトシトシト
「雨は語らないのか」
シトシトシトシト
「では、何故付いてくる」
シトシトシトシト
「まだ降るのか」
シトシトシトシト
「忘れさせない気か」
シトシトシトシト
「いっそ……溺れてしまいたい」
シトシトシトシト
「なあ、降りてきてくれ」
シトシトシトシト
「……」
シトシトシトシト
「どうしたら」
シトシトシトシト
「お前を救える……?」
シトシトシトシト
皇子はだまって、降り来る雨を手に受けた。
「――」
水は、皇子の唇につき、そして彼を灼いた。
シトシトシトシト
「――ふ」
皇子は強い拒絶の念に弾かれながら、それでも雨を一掬い飲み込んだ。
皇子の腹の中で雨が暴れる。
シトシトシトシト
「……連れて、いこう」
皇子は吾妻の果てにある小国の社から、半月ぶりに外へ出た。
☆★☆★☆
「あー、効果女さん入られまーす」
シトシトシトシト
「良かった〜〜奥山くん! 本当に気に入られたんじゃん?!」
「あ、はい……」
「やっぱりさ! リアルだよねぇ、彼女の赤い雨!」
「あ、そ、そぅ……すよね」
シトシトシトシト
女の顔は、決して見えない。
いつの時代とも知れない古い赤い上衣に青い袴のようなものを履いていて、いつも粘り気のある赤い水分をシトシトシトシトと降らせて浮いている。
「……あら」
「! せーんせい! 奥山、気に入られたみたいですよー、これでこの現場でも使えます!!」
「……すこし……気に入られ過ぎちゃうかも……、『奥山』くん、ちゃんとお返しするときはお作法してね」
「――え?」
「効果女さん、ここにお願いしまーす」
「あ、はい……、効果女さん、今日はこちらへ……」
シトシトシトシト
顔の見えない女が天井に張り付いていて、彼女の下から赤い雨が降ってくる。
昔はこれは秘中の秘の出来事だったらしい。
が、時代があまりに下りすぎてこの雨を降らせる女の所以が今では判らなくなっていた。
この雨を納めていた神社の神主が夭折してしまったのだ。この女と雨に関する祟りなどは一節も語られてこなかった。
神社の引継ぎをした男が、これは売れるかもしれない、という欲目を出した。
それから、また時代が下った。
元々を納めていた神社が無くなった。
女だけは、いつからか解らない赤い雨を少量ずつ絶えることなく降らせて、あり続けた。
公には未だに非公開の事象ではあったが、彼女が出す効果はあまりにもリアルで、ついつい使ってしまう場所が絶えなくなった。
お化け屋敷、ドラマ、映画、音曲……など、多くの場所に彼女は効果音などを演出するために使われており、彼女に触れずに成人するのは難しいだろう、と業界内では囁かれている程だった。
☆★☆☆★
「――おまえが拓いた、平らにならした、その國に――」
血は降り続く。
私を捻っておろさせた國へ、私の術は降り続けよう……。
シトシトシトシト
シトシトシトシト
シトシトシトシト
シトシトシトシト…………




