ヤバいアプリ
僕は今、大学の食堂で友人と向かい合っている。
「ヤバさを数値で表すアプリ?」
先ほど僕が言った言葉をそのまま返す友人。コップを置き、手を離す。彼がこの話に興味を持ったことを確信した僕は、唇を舌で湿らせ、話を続ける。
「そうそう、ヤバさを数値化するアプリ、最近SNSで流行ってるんだよ、料理や芸術、どんなものにも使えるらしい」
「胡散臭いなぁ、何を基準にしてるんだか」
「そこがわからないのがウケるんだろう。そこでどうだろう?駅前に、ここ最近ヤバさが急上昇している喫茶店があるんだ。これなんだけど...」
そう言ってスマホを見せる。液晶のキャンバスには何の変哲もない料理の数々が描かれている。そしてその画像をアプリにかけると、
「23,18,...96?これだけやけに評価が高いね」
「ちなみに100点満点ね」
そこに写っていたのは、普通のオムライスだった。丸く黄色い見た目を赤いケチャップが削る様子は、さながら三日月であった。それは一般的なオムライスの特徴と、寸分違わず一致していたのであった。
「特徴がないのが特徴って感じだね」
「だろう?そこでなんだが、実際にこのオムライスを食べてみて、本当にヤバいのか、何がそんなにヤバいのか確かめてみないか?」
「なるほど、面白そうじゃん、乗った。」
「それじゃあ明日の昼休みにしよう」
「りょーかい、あ、ちなみに俺卵アレルギーだから別の食べるわ」
「え?」
次の日
僕らは件の喫茶店にいた。もちろん目当てはオムライスだ。少なくとも僕は。
「しかし初めて聞いたよ、まさか君が卵アレルギーだなんて」
「聞かれなかったからな」
あっけらかんと返す友人。
彼と話すことに意味を見いだせなくなった僕は辺りを見回す。店の隅で壁に手を伸ばす名前もわからない植物はその葉の下に隠れる目をこちらに向けているように見えて不気味だったし、席の近くの窓はこの時間帯には日陰になっているところに備えつけられていたので薄暗かった。おまけに机はガタついていて少しうるさい。そのくせ人はやたら多いので居心地はかなり悪い。要するに
「帰りたい...」
厨房から怒鳴り声が聞こえる。帰りたい。この店に来たことを後悔しながら待っていると...「お待たせしました。オムライスとナポリタンです。」
目当ての料理が来た。三日月のような見た目は写真と相違ない。銀色のスプーンを突き立て、削る。口に運び、噛みしめる。
「不味くはない...けど期待してたほどでもないな」
「おお、思ってたより美味いなここのナポリタン」
結論を言うと、喫茶店としてはあまりにお粗末であった。店の雰囲気も悪く、料理も特別美味いわけではない。とはいえ値段はリーズナブルなので、お会計しても財布はそれほど寂しくならなかった。
3日後
僕は友人に大学の食堂に呼び出された。
「なぁお前最近SNS見てるか?」
「い、いや最近は忙しくて全然...」
珍しく真剣な様子で聞いてくるので、僕は少し困惑する気持ちで答えた。すると、
「とりあえずこれを見てくれ」
そう言われて見せられたそのニュースは、僕の思考をとめるのに十分なものであった。
「話題の喫茶店で食中毒、犯人は店の従業員、オムライスを食べた人に頭痛や嘔吐の症状...?」
その瞬間、僕は凄まじいめまいを覚えた。そのくせ頭は冴えているから余計気持ち悪い。まるで二日酔いの頭を思いっきり殴られたようだった。
「動機は店長への恨み、食中毒を起こして店を閉店に追い込もうとしたそうだ。」
そう言うと彼はそっと肩に触れ、
「幸い命に関わるほどのものじゃないらしい。潜伏期間も1週間くらいらしいし、今はとにかく病院へ行こう」
その言葉に背中を押され、僕は帰りに病院へ寄った。
受付をして、席に座り、待つ。待ち時間が暇だったので、僕はSNSを見ていた。あいも変わらず、そこにはヤバいアプリのことばかり。思い返してみれば、あのアプリはずっと僕たちに警告していたのではないか?それともヤバいをいい意味だと勘違いした客を誘う甘い蜜だったのだろうか?頭の良くない僕には知る由もない。スマホをスクロールすると...
『エモさをはかるアプリ、エモい!!』
僕はそっとスマホを閉じた、黒い板に写っていたのは、眉間に皺の寄った、老人のような顔をした青年の姿のみであった。




