EP[1]-6. アウト・サイド・ワールド
『ニュークーロンシティ』
そこは独自の自治体により形成された商業都市。はるか昔、タイロン星へたどり着いた宇宙の旅商人たちが集い、徐々に作り上げていった。
タイロン政府の干渉を受け付けず、独自の文化を形成している。建物は無造作に改築・増築され、つぎはぎだらけ、区画は整備されておらず、ビルやマンション、一軒家が入り乱れる景観となっている。
このニュークーロンシティに僕らジラフ・サルベージ・サービスの事務所兼住居がある。僕らはシルエを連れて、この街へと帰ってくる。
タイロン星近辺宙域。僕たちのジラフ号がタイロン星へ向けて、もうすぐ到着しようとしている。
「やっと帰ってこれましたね。まだ一日しかたっていませんが、長いような感覚を覚えます。これから、どうしましょうか」
「このまま宇宙生命体管理局へ向かいたいところだが、燃料が足らん。一度シティへ戻ってジラフ号の補給をする。管理局はここから遠い。長い旅になるぞ」
「どんなルートになるんですか」
「そうだな。L1のスターゲイトを通ってウーハイ星に行くだろ。その後はL4のステラ―ゲイトまで行ってだな、このチャシィ星系から管理局の本部があるヨーツ星系までワープする。まぁ、そこからは管理局の星まで行くルートだな。2週間はかかる旅になる」
オーギンさんは溜息をつきながら、司令デスクのパネルを操作して、管理局までのルートをブリッジのメインスクリーンに映す。そこにはいくつもの星や空間跳躍するために宇宙空間で建設された巨大なリング状のゲイトが点線で結ばれていた。
なるほど、このルートは初めていく航路だ。安全に着けるようにこの船のパイロットとして腕の見せ所になる。後でルートを再確認しておかないと。
「シティへ着いたら、管理局へシルエのことを報告しておく。新種の宇宙人の保護となりゃあ、ゲイトの使用料はタダだからな」
「わかりました。それじゃあ、ニュークーロンシティへ向けて航路を設定します。チロル、航路を設定したら、自動航行モードに入ってくれ。僕はあの子の様子を見に行くために戻るよ」
「了解だぜ!自動航行モードへの移行を確認!後は私にお任せあれ!」
僕は手元のメインパネルを操作して、自動航行モードに移行する。サブモニタが『自動航行』の文字に切り替わり、操縦桿の重みがなくなった。
「それじゃあ、あの子の元へ戻ります。オーギンさん、やっぱりシルエは宇宙生命体管理局に引き渡すんですよね」
この先のことがなぜか気がかりになる。シルエはこの先どうなるのだろうか……。
「そうだ。あの子も自分の正体をつかむチャンスにだってなるし、俺たちには賞金が入るからな。ウィンウィンだ。なんだ、タダヒロ、あの子と別れるのが嫌なのか」
オーギンさんはよく状況を理解している。だけど、僕の感情はどっちつかずのようで戸惑っている。あの時、彼女を一目見た瞬間、僕の中で何かが変わってしまったのだろうか。それにペンダントのこともある。なぜ親からもらったこのペンダントが反応したのか。もしかして僕の親と何か関係があるのだろうか。ふとブリッジの窓の向こうの星々に目を向ける。キラキラしている星を見ていると、白銀の雪姫のようなあの子が浮かんでくる。
「いや……それは……」
オーギンさんについ見抜かれているような言葉を言われてしまう。無意識にペンダントへ手が伸びる。琥珀色の涙滴が僕の胸の上で冷たく踊っていた。
「あの子は未知の宇宙人だ。何か助けになれるようなこともない。おまえのペンダントのこともだ。俺たちには荷が重すぎるんだ。悪いことは言わん、謎は管理局に任せて、あまり深入りするなよ」
「はい、気を付けます…」
そうだ、この先ずっと一緒にいるわけではないんだ。オーギンの言う通り、深入りしてはいけない……と僕は胸に穴が空くような気持ちをぐっと飲み込んだ。そして、僕はブリッジを出て、あの子の元へ向かったのだった。
***
「ンッ…。オキタ」
ワタシは目が覚めて、背伸びをする。気づくと、タダヒロのベッドの上で丸まっていた。どうやら、映画を見ながら寝落ちしてしまったらしい。アピスのシートから久しぶりに目覚めて、たらふくご飯を食べたせいで、眠りが深かったかもしれない。
「タダヒロハ ドコ?マダ、カエッテキテ イナイ」
タダヒロがいないかキョロキョロと部屋の周りを見渡す。タダヒロは見当たらない。彼は戻ってくると言っていたのに、なんでいないの。あの人はどこにいるんだろうか。あの人が出ていく前に言っていたことを思い出す。そうだ、壁についているボタンを押して話かければ良い。
「タダヒロ、ドコニイルノ?」
壁についているボタンを押しながら、ボタンの上にある網目状の平べったい丸い円盤に向かって話しかける。帰ってくると言っていたのに。ワタシは少し怒った気分になる。
「シルエ、起きたのかい。チロルだぜ。タダヒロにつなげるから、まっててー」
「アリガトウ、チロル」
円盤からチロルの声が届いた。どうやら、彼につないでくれるみたい。良かった。
チロルは私に優しくしてくれる。ご飯をくれるタダヒロみたいだ。
「こちら、タダヒロ。シルエ、やっと起きたのかい?」
やっとなんて、なんだ。戻ってくると言ったのに……いなかったのはそっちじゃないか。
少し問い詰めてやろう。
「サッキ オキタノ。デモ、タダヒロ イナカッタ」
「あぁ、ごめん。そっちに戻っていたんだけど、君がなかなか起きなくてね。しばらくしてブリッジの方へ戻ったんだよ」
「ソウナノ…。ソバニイテ ホシカッタ…」
なんだ、タダヒロはここに戻っていたのか。残念……。それでも少し八つ当たりしてしまう。
「ごめんよ。でも、もうすぐ目的地に到着するんだ。手が空くから、迎えに行くよ」
タダヒロが来てくれるなら、それで良い。
「ウン。ワカッタ。マッテル」
ヒトリハ イヤダ…。
***
僕はいくつかのブロックを通り過ぎ、船員ブロックへと戻って来た。行き先は自分の部屋だ。そこにシルエがいる。さっき起きたようで、彼女から通信があったところだった。
彼女をひとりぼっちにさせて大丈夫だったろうか。起きたときには戻ってきてやれなかったから、機嫌を害しているかもしれない。僕は身体がこわばりながら、自分の部屋を開ける。自分の部屋を開けるのに緊張するのは初めてだ。
プシューという音ともに自動ドアが横に開く。中には枕を抱きかかえているシルエがベッドの上に座っていた。
「シルエ、迎えにきたよ」
「オソイ モドッテクルンジャ ナカッタノ」
彼女の触角が左右交互にゆっくりと揺れている。これが怒っているサインなのだろうか。やはり、彼女は不機嫌のようだった。僕にとって、女の子は難しい。僕は両手を合わせながら、彼女に謝る。
「ごめんね、悪かったよ」
「デモ モドッテキテ クレタナラ ソレデ イイ」
下手な言い訳は悪化させるかもしれない。ここは謝っておこう。彼女は枕を横におき、ドアの前まで歩いてくる。
「さぁ、ブリッジにまで戻ろうか」
「ウン!」
彼女はもうニコニコしていた。やはり、女の子は難しい……。
僕はシルエとともにブリッジまで戻って来た。船員ブロックへの行きは窮屈そうに狭い廊下を歩いていた彼女だが、ブリッジに戻ってくる帰りはリラックスした様子だった。この船にも慣れてきたのだろう。
「おう、戻ったか。そろそろタイロン星の周回軌道上へ着く。操縦を頼むぞ」
オーギンさんは司令椅子から顔を出し、ブリッジの入口に立つ僕たちに振り返る。
「りょーかいです。シルエ、僕は操縦席に座るから、隣の副操縦席に座るかい?」
「ウン、スワル」
司令椅子を通り過ぎ、操縦席に座る。シルエを隣の副操縦席に座らせる。シルエは副操縦席のパネルやスイッチ類を興味深そうな目で見る。触る勢いだったので、触らないように釘を刺しておく。残念という顔をして、長い耳がより垂れ下がっている。
「コレカラ ドコニイクノ?」
「タイロン星のニュークーロンシティというところだよ。僕らの家でもあり事務所でもある住み処がそこにあるんだ」
シルエが気になっているのか、額の触角が揺れている。目線はもうブリッジから映る赤いタイロン星に向いていた。彼女にとって、初めての場所になると思うが大丈夫だろうか。
「ソウナンダ。ゴハンハ タベレル?」
「家に帰れば、食べれるよ」
ご飯の心配だったか……。帰ったら、たくさんの料理もつくってあげよう。
「おいおい、家の食料がなくなっちまう。外で食べてこい」
「あぁ、確かにそうですね。外で食べるようにします」
オーギンさんがびっくりしたように大きな声を張り上げる。確かに僕らの分までなくなりそうだ…。シルエと外でご飯か、どれだけ食べるだろうか。経費で落とさないとな。シルエの方は何のことだろうかと言うような顔でニコニコしている……。
いよいよ、タイロン星に降りる。ニュークーロンシティへ向けて降下軌道に入っていく。
「タイロン星の大気圏に突入します。チロル、ジラフ号に問題はないかい」
チロルに船体のチェックをさせる。問題はない。OK。メインパネルの隣にあるスイッチ群をひねって、操縦モードを宙域モードからRCS(姿勢制御システム)モードへ変更する。ジラフ号を大気圏に突入させる。
隣にいるシルエはただ、4本の腕でシートベルトを握りしめながら、ずっと正面の窓の向こうを副操縦席から見つめている。
どんどん宇宙から大気圏に降下する。船体が震え、外が赤く見え始める。船が大気との摩擦で熱くなっていく。徐々に視界が開いていき、赤い景色が青い景色に移り変わる。やがて、僕らの上には空が、下には地上が広がるようになった。宇宙はもうずっと上だ。
操縦モードをRCSモードから大気圏モードにスイッチを跳ね上げ、切り替える。
「大気圏に無事に降りました。これから、ニュークーロンシティへ向かいます」
「補給ができる港に入ってくれ。燃料と食料を補給してもらう」
いよいよニュークーロンシティへ帰ってくる。彼女を連れて。
ニュークーロンシティが船のブリッジから見えてくる。
「シルエ、ここがニュークーロンシティだよ。僕たちが住んでいる街だ」
シルエに僕らの街を紹介するのが楽しみだ。気に入ってくれると良いんだけど。
「スゴイ。大キサガ 違ウ建物ガ イッパイ。ソレニ 色モ イロンナ色ノ 建物ダ」
彼女はその漆黒の目を大きく見開いて、眼下に広がる街の景色に息を吞んでいる。街というものを見たことがないのだろうか。
「驚いたかい」
「ウン。外ノ世界ハ スゴイネ」
シルエは外の世界と関わり始めていく。




