EP3-3. テイスト・オブ・アンノウン
シルエはキッチンの上に置かれたまな板の前に立っていた。
「よーし、まずは野菜から切ればいいんだよね。あっ、この包丁、私がプレゼントしたやつだ!」
タダヒロの誕生日に贈ったピカピカの包丁を手に取り、嬉しそうに見つめる。そして、片っ端から野菜をまな板に並べると、見よう見まねで切り始めた。
「ふぅん、ふーん」。
鼻歌を歌いながら切っていく。包丁の切れ味は素晴らしく、皮がついたままのジャガイモとニンジンがいい加減に切られていく。ざく切りにしていくが、その大きさは様々。一口大もあれば、薄く切ったもの、形もバラバラだ。
次は炒める工程があるのにそれを飛ばし、切ったそばから水を張った鍋へと放り込んでいく。
「そうだ、スパイスを入れないと。えーと、タダヒロが入れていたスパイスは、これ?それともこれかな?うーん、全部入れちゃえばいいか!」
シルエは4本の腕をいっぱいに広げ、それぞれの手で並べられたスパイスの瓶をぐいと掴む。赤色、白色、黒色、緑色……どんな味かもわからないパウダーが、一気に鍋の中へと降り注いだ。
異様な匂いが立ち上り、鍋の中の水が魔法鍋のような混沌へと変わっていく。
「ふむふむ。あとは色を合わせるだけかな。シチューは白いもんね、ミルクを入れれば完成かな。」
冷蔵庫から2Lの牛乳パックを取り出すと、煮立ち始めた鍋へドボドボと流し入れる。
「これでかーんせい!あとは食べてもらうだけ!ふふ、タダヒロ、私が料理したことに驚くだろなぁ。」
シルエはタダヒロが笑っている顔を想像してニヤけると、味見することなく、その「ドロッとした液体」を深皿によそう。
深皿をトレーに載せ、下の腕2本でトレイを持ち、上の腕2本で自分のほっぺたを持ち上げ、表情を緩める。そして、タダヒロがいるブリッジへと大事そうに抱えて持っていくのだった。
「タダヒロ―!」
ブリッジの自動扉が開き、シルエの元気な声が響きわたる。
「おお、どうしたんだシルエ。こんな時間に。」
船長席に座っていたオーギンが振り返る。
「あのね、タダヒロが大変そうだったから、私が代わりにシチューを作ったの!食べてみて!」
シルエは得意げに笑みを浮かべ、トレイに載せた深皿をタダヒロの方へ届けようとする。しかし、そこから漂ってくるのは、到底シチューとは思えない鼻をつく匂いだった。
「ほー。どれ、俺にも一口くれないか。ちょうど腹が減ってきたところなんだ。見た目はおいしそうだな。」
オーギンはトレイの上の「ドロドロした白い液体」をスプーンで横取りし、パクっと一口食べてしまった。
「あっ!ダメ―!最初の一口はタダヒロにあげるつもりだったのに!」
シルエは抗議の声を上げる。しかし、オーギンの顔はみるみるうちに苦虫を嚙み潰したような凄みのある表情へと変わっていった。
「うっ……げぇっ!なんだ、これは!?野菜の皮はついてガリってするし、味はなんだが苦いんだか辛いんだが甘いんだが…まるで腐ったココナッツカレーみてぇな味じゃねぇか!食感はモニュモニュしてるしよー!」
「えー!ひどい!これはシルエ特製シチューなの!オーギンにはこの料理の良さが分からないんだよ!」 そっぽを向いたシルエは改めてタダヒロの前に深皿を差し出す。
「タダヒロ、食べてみて!おいしいから!はい、あーん!」
「え、えーと……それじゃあ、いただくよ。」
両手で操縦桿を握ったタダヒロは、ひきつった笑みを浮かべながら口をあける。そして、シルエが掬ったスプーンからシチューがタダヒロの口に運ばれる。
「どう、おいしい!?」
シルエが満面の笑みでタダヒロを見つめる。その瞬間、タダヒロの世界が完全に停止したようだった。表情こそ笑顔のまま張り付いているが、額からは冷汗があふれ出ている。
「シルエ……トッテモ、オイシイヨ。」
タダヒロはやっとのことで口を開けると、壊れたロボットのような口調でなんとか声を絞り出した。
「ほんと!?やったー!作ってよかったー!」
「おいおい、本当かよ、タダヒロ!?大丈夫か、無理するなよ!なぁシルエ、お前、自分でも一口食ってみたのか。」
疑いの目を向けるオーギンに、シルエは首をかしげる。
「ううん、味見はしてないよ。すぐにでもタダヒロに食べてほしかったから、作ってすぐにここへ飛んできたの!でも、タダヒロがおいしいって言ってるんだから、絶対おいしいもん!」
シルエは自信満々に今度は自分の口へお手製シチューをパクっと食べる。
次の瞬間、シルエの顔からスッと血の気がひき、真っ青になる。ウサギのような耳が、ピーンと直立した。
「なっ、なにこれぇぇぇぇ!!!!まっずーーーーーーーーーーい!」
シルエの絶叫が、静かだったジラフ号のブリッジに木霊するのだった。
ジラフ号は迷路のような岩礁群を抜け、目的の小惑星帯の深部を目指していた。
「タダヒロ……お腹、大丈夫?」
助手席に座るシルエが心配そうに、上目遣いでタダヒロを見つめる。タダヒロは操縦桿を握ったまま、まっすぐブリッジの外に視線を向けていた。
「大丈夫だよ。そんなに心配しないで。」
「ほんと?それなら良いんだけど……ごめんね、勝手に料理を作っちゃって…おいしくなかったし…タダヒロのようにはうまくいかない…」
額の触覚をしょんぼりさせて、落ち込むシルエ。
「ううん、そんなことないよ。僕のために料理を作ってくれて、すごく嬉しかったよ。」
「ありがとう!タダヒロ!今度はおいしくつくるから!」
「今度かい……。そうだ、今度は一緒に作らないかい?そうすれば、うんとおいしいものができるよ。」
「うん、わかった!一緒に作ろう!」
シルエはパッと表情を明るくして嬉しそうに足を揺らした。
「タダヒロ、お話中のところ悪いが、目的地の小惑星に着きそうだぜ。周辺の小惑星に接触に注意してくれ。」
「りょーかい、チロル。知らせてくれてありがとう。シルエ、ここからは操縦に集中するから、少し静かにしててね。」
シルエはうなずくと、ブリッジの外の小惑星群に目を向ける。冷たい岩肌がむき出しになった無数の小惑星が転がる宙域を、ジラフ号はゆっくりと進んでいく。やがて、ひとつだけ見慣れぬ星が見えてきた。
「光学観測にて、目的の小惑星を発見した。報告されていた緑の小惑星だと思われるぜ。」
チロルが到着を告げる。タイロン星を出発して数日、ついに目的の小惑星をみつけた。それは周辺の小惑星から明らかに浮き立っていた。星の表面が分厚い木々や草で覆い尽くされ、岩肌など少しも見えない。そこだけが宇宙空間に突然湧き出た緑のオアシスのようだった。
どうして、こんな生命など存在しえないようなゴツゴツとした岩の集まりの中に、こんな緑の星が突如現れたのだろうか。
「過去にこういった小惑星帯にこのような緑の小惑星が報告された事例はないようだぜ。充分に注意してくれ。」
チロルの警戒する声が、静かなブリッジに響く。ブリッジにいるメンバはみな、息を飲んでその奇妙な星を見つめていた。
「そうだな……まずはドローンを星へ降ろして、安全を確認してきてくれないか、チロル。」
オーギンが船長席から指示を出す。
「了解だぜ。任せておいてくれ。」
チロルは意気揚々と自分の分身であるドローンをブリッジからエアロックへと向かわせる。
「あれだけ緑があるということは大気があるのでしょうか。」
「わからん。あるようには見えるが、それが人間にとって安全であるとは限らねぇ。まずはドローンの調査を待つとしよう。」
ブリッジの窓越しにドローンが緑の小惑星に降りていくのがうっすらと見える。ドローンは少し開いた場所がある森に降り立つと、即座に惑星調査プログラムを開始した。
「重力、正常。大気組成、正常。人間がそのまま呼吸できる環境ですぜ。船長、とくに異常は見当たらない感じだぜ。チェック完了。これより船に帰投する。」
ドローンがチェックを終え、スラスターを吹かして浮上しようとした、その瞬間だった。
足元の緑の中から、無数の太い蔦がまるで意思を持っているかのように、スルスルと這い出してきた。
「うわっ!一体なんだ!?蔦が絡みついて……これじゃ、抜け出せない!?」
這い寄る蔦はドローンの全身をあっという間にからめとってしまった。




