EP1-3. ファースト・コンタクト・アンノウン
「レーダー通信、依然として応答なし。……ですが船長、例の『オコシテ』という明滅だけは、まるで心臓の鼓動みたいに規則正しく続いていますぜ」
チロルが報告を終えると、ブリッジに重苦しい沈黙が降りた。
「返事なしか……。こうなると、指をくわえて見てるわけにもいかんな。直接回収するぞ。チロル、まずはドローンを飛ばして、あの得体の知れないガワに危険物がないか洗ってきてくれ」
オーギンさんは、ブリッジの隅でふわりと浮遊しているドローンに顎をしゃくった。このドローンはチロルの「指先」だ。母艦から離れていても、亜空間通信によってラグなしで精密な作業をこなす、僕たちのサルベージ活動には欠かせない相棒である。
「……本気ですか、船長? あんな不気味なものに私(この子)を近づけろなんて。もし呪いでもかかって、自慢のデータが壊れたらどう責任を取ってくれるんですかい?」
チロルはわざとらしく機体を左右に揺らし、カメラレンズを明滅させた。
「呪いだあ? お前はバックアップのドローンがまだあるだろうが。……チッ、分かったよ。ジャズだろ? 帰ったら新しい音源ライブラリを一つ買ってやる。それで手を打て」
「交渉成立ですぜ! さすが船長、話が早くて助かります。」
さっきまでの渋りようが嘘のように、チロルのドローンは軽快な駆動音を立てて発進ゲートへと向かっていった。
「……現金なやつだな」
オーギンさんは苦笑いしながら、モニターに映る「四枚羽の異形」を睨みつけた。
「チロル、ちゃんと確認しに行ってくれますかね。ご褒美のことで頭がいっぱいになってなきゃいいけど」
僕がポツリと独り言を漏らすと、間髪入れずにスピーカーから呆れたような声が響いた。
「失礼ですぜ。母艦AIであるこの私が、直々に分身を操って調査に行くと言っているのですよ。」
チロルは自信満々に、そして少しだけ心外だと言わんばかりに答える。
「……聞かれてたか。疑ってごめんごめん」
僕は苦笑いしながら、コンソールのマイクに謝った。チロルの本体はこのジラフ号そのものだ。ドローンがハッチを抜けて外へ出ようと、艦内の会話はすべて母艦のセンサーに筒抜けなのを忘れていた。
ドローンがブリッジの視界から消えた後、オーギンさんが腕を組み、窓の外の闇を見つめながら問いかけてきた。
「しかし……あの宇宙船、近くで見れば見るほど、本当に宇宙生物に似ているな」
「そうですよね。あの四枚の羽のような部位……。あんな形状の宇宙船、どのメーカーのカタログでも見たことがありません」
羽が生えた宇宙船。それはもはや機械というより、漆黒の海を泳ぐ未知の怪獣のようにも見えた。
『船長、これよりジラフ号を離れ、正体不明の宇宙船へ向けて出発します』
チロルの軽快な報告とともに、外壁のカメラが船外へ飛び出した一筋の光を捉えた。小さなドローンが、巨大な鉄の残骸が漂う闇の中を、あの一際異彩を放つ「獲物」へと向かって加速していく。
「気を付けろよ。相手が何者か分からん以上、最悪の事態を想定しておけ。チロル、ジラフ号のビーム砲をあの宇宙船に固定だ。いつでも撃ち抜けるようにな」 オーギンさんはモニターから目を離さずに命じた。
「了解ですぜ、船長。照準固定――チャージ、スタンバイ」
チロルの声とともに、ジラフ号の重厚な砲身が唸りを上げて異形の船を捉える。
漆黒の闇の中、チロルのドローンが標的へと接近していく。 カメラが捉えたその姿は、近づくほどに船というよりは巨大な甲虫のようだった。
「対象に最接近しました。コクピットらしき箇所は……まるで虫の『目』のようですぜ。ひとまず、全体のスキャンを開始します」 ドローンのセンサー部から青白いレーザーが放たれ、異形の船体を舐めるように走り抜ける。チロルの分身は、目に見えない糸を紡ぐようにせわしなく動き続け、船のディテールを暴いていく。
「何事もなければいいが……。例え回収を諦めるにしても、正体だけはハッキリさせておきたい」
オーギンさんが祈るように呟いた時、ドローンの動きがピタリと止まった。
「スキャン完了。船体外部および内部から、爆発物や有害ガスの反応は検出されませんでしたぜ。物理的なトラップも……今のところは見当たりません。」
チロルの報告がブリッジに響き、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
「よくやった、チロル。ドローンを収容しろ」
任務を終えたドローンがジラフ号へと帰還する。オーギンさんは僕の背後で腕を組み、深く考え込んでいた。険しい顔のまま数秒の沈黙が流れた後、彼は腹をくくったように顔を上げた。
「よし……。あの宇宙船を回収する」
「ジラフ号、ロボットアーム展開。あの船をメインデッキの格納庫へ収容するぞ」
オーギンさんの鋭い指示が飛ぶ。船腹の左右に格納された、二本の巨大なアームが重厚な駆動音とともにせり出した。本来は巨大な船の残骸を強引に引き千切り、艦底部やメインデッキの格納庫へと放り込むための無骨な鉄の腕だ。
「アーム展開完了。これより確保に入ります。チロル、感度調整のサポートを頼むよ」
「了解ですぜ。タダヒロ、相手を潰さないように優しくエスコートしてくれ。」
チロルがアームの出力を繊細に制御してくれる。僕は操縦桿を握る手に神経を集中させ、ゆっくりと、慎重にアームを「異形の船」へと近づけていった。
「よし……捕まえた。格納庫へ入れる。チロル、ハッチを」
「メインデッキ、ハッチオープン。いつでもどうぞ」
巨大なシャッターがゆっくりと開いていく。僕はアームで掴んだ未知の宇宙船を、その暗い口の中へと導く。だが、その寸前で僕は、たまらず船長を振り返った。
「船長……本当に格納しますよ。後戻りはできませんけど、いいんですね?」
「ああ、構わん。入れてくれ」 オーギンさんの返事に迷いはなかった。
「未知の宇宙船、収容します」
小型船ほどのサイズがあるその物体は、吸い込まれるようにジラフ号の胎内へと消えていった。
「さて、吉と出るか凶と出るか……。格納庫に向かうぞ。チロル、ドローンに自衛用武装をさせてついてこい」
「アイアイサー、船長!」
オーギンさんは腰のホルスターを叩いて確認すると、チロルのドローンを引き連れてブリッジを後にした。僕も慌ててその背中を追いかける。
もし、あれが本当に未知の宇宙生物だとしたら……。生命体管理局に引き渡せば、一体いくらの報奨金が出るだろう。オーギンさんなら、その金でジラフ号の最新パーツを買い揃えるだろうか。それとも、僕の給料にも色をつけてくれるだろうか。 期待で早鐘を打つ鼓動を抑えながら、僕は格納庫へと続くエレベーターのボタンを押し込んだ。




