最終EP[2]-12. プロミスド・ギフト
サンセット号がジラフ号のハンガーに滑り込む。
プシューッ、と減圧音が響き、ハッチが開くと同時に、待ち構えていたクルーたちが歓声を上げた。
「ただいま戻りましたわ。……ふぅ、大仕事でしたけれど、無事にサンシャンとシルエちゃんを取り戻しました」
アンナが髪をかき上げながらタラップを降りてくる。
「おお!見事だアンナさん!それにタダヒロ、お前もよくやったな!」
オーギンが二人を迎え、その健闘を称えて肩を叩いた。だが、タダヒロの表情は晴れない。
「いえ……俺なんて、結局何もできませんでしたから」
彼はシルエを抱きかかえた腕に視線を落とし、自嘲気味に呟く。
「あら、何を仰いますの。卑屈になるんじゃありませんわよ」
アンナがからかうように、けれど優しく微笑んだ。
「シルエさんをここまで連れて帰ったのは貴方ですわ。それに……帰りの船内でも、ずっと片時も離さず抱きしめていましたでしょう?」
「なっ!あ、アンナさん!?」
「ふふ、愛ですわねぇ」
「そ、それは……!」
タダヒロは顔を真っ赤にして口ごもる。その腕の中では、大きな体のシルエが安心しきった顔で眠っていた。
「で、主役のシルエはどうしたんだ?」
「……今は深く眠っています。最後の最後に、だいぶ無茶をしましたから」
タダヒロの声色が少し沈む。彼女の献身がなければ、全員助からなかっただろう。
「そうか。なら、ゆっくり寝かせてやろう」
オーギンは頷き、懸念事項を口にした。
「それにしても、レッド・バルーン号の連中は追ってくるだろうか」
「いいえ。シルエさんが手酷く『お仕置き』しましたから、当分は身動きが取れないでしょう。群れへ返す時間は十分にありますわ」
「ついに……ついにジュエルホーンの幼体を取り戻せたんですね!」
ミハエルが感極まった様子で駆け寄ってきた。
「本当に良かった。ありがとうございます!これであの子を群れに返せば、危険は回避できます!」
「ああ、善は急げだ。ガンプ支部長にも吉報を入れておかないとな」
オーギンは手元の端末を操作しつつ、格納庫の奥へ目を向けた。
「サンシャンはどうしている?大人しくしているか?」
「はい。安心したのか、泥のように眠っていますよ」
巨大な幼体は、格納庫の床で静かな寝息を立てていた。長い恐怖から解放され、ようやく安らぎを得たようだ。
「よし。寝ている間に送り届けるとしよう。チロル、ジラフ号発進!群れの座標へ急げ!」
「アイアイサー、船長!エンジン全開で飛ばしますぜ!」
次の日、ジラフ号は無事に群れとの接触を果たした。
サンシャンが宇宙へ放たれると、待っていた親たちが歓喜の声を上げて出迎える。感動的な再会だ。
その光景を見守るブリッジの前に、あの巨大な長老が姿を現した。
『ヴォォォォォン……』
深海のような重低音が船体を震わせる。長老は何かを長く語りかけていたが、残念ながら通訳できるシルエはまだ夢の中だ。
「……なんて言ってるんでしょうね」
「さあな。だが、感謝してるってことぐらいは分かるさ」
タダヒロとオーギンは顔を見合わせた。
その言葉は分からない。けれど、去りゆく長老が一度だけ振り返り、ジラフ号に向けてゆっくりと頭を下げたその仕草が、何よりの雄弁な言葉だった。
サンシャンを群れに返してから数日後。
静寂だったジラフ号のキッチンに、久しぶりに賑やかな声が戻ってきた。
「タダヒロ、おかわり!もっと大盛りで!」
シルエが空になった皿を突き出す。あれだけの力を使い果たし、数日間泥のように眠り続けていたのが嘘のようだ。
彼女は4本の腕を器用に使い、スプーンとフォークで次々と料理を口へ運んでいく。失ったエネルギーを埋めるかのような猛烈な勢いだ。
「おいおい……やっと目覚めたかと思えばこれか。備蓄の食料が底をついちまうぞ」
山積みになっていく皿の塔を見て、オーギンが呆れ半分、安堵半分で肩をすくめる。
「俺の分まで残ってるか怪しいもんだな」
「あはは。まあ、仕方ないですよ」
タダヒロは鍋をかき混ぜながら、目尻を下げた。
「丸三日も何も食べずに寝ていたんですから。……それに、こうして元気に食べている姿を見ると、ホッとするじゃないですか」
あの時、力なく漂っていた彼女を思うと、この食欲こそが平和の証だ。タダヒロは嬉しそうに、特盛りのシチューをよそった。
やがて、大鍋のスープを飲み干し、デザートのフルーツヨーグルトまで完食すると、シルエは満足げに息をついた。
そして思い出したように、隣で紅茶を飲んでいたアンナの袖を引く。
「ねえアンナ!買い物に行こう!今すぐに!」
「あら……。いきなりどうしましたの?まあ、構いませんけれど」
アンナはカップを置き、優雅に微笑んだ。シルエの意図を察しているのかもしれない。
「買い物かい? 荷物持ちなら僕も行くよ」
タダヒロがエプロンを外そうとすると、シルエは慌てて4本の腕でバツ印を作った。
「ダメ!ううん、今日はタダヒロは来ちゃダメなの!」
「えっ?なんでさ」
「ひ・み・つ・の買い物だから!タダヒロには内緒なの!」
悪戯っぽく舌を出すシルエを見て、タダヒロは苦笑するしかなかった。
「なんだよそれ。……まあ、いいか。いってらっしゃい」
「うん、行ってきます!ほら、行こうアンナ!」
「ええ、わかりましたわ。そんなに引っ張らないでくださいな」
シルエはアンナの手を引いて、スキップ混じりにハッチへと駆けていった。
夕食の支度が整う頃、シルエとアンナが買い物から戻ってきた。
大きな荷物はなく、シルエはその長い腕で、リボンの掛かった小さな箱を大事そうに抱えている。
「ただいま、タダヒロ!はい、これ!」
シルエは待ちきれない様子で、その箱をタダヒロに押し付けた。
「えっ、僕に?これは……?」
「いいから、開けてみて!早く早く!」
急かされて箱を開けると、そこには鈍い光を放つ、見事な刻印が刻まれた包丁が収められていた。
「すごい……立派な包丁だ。でも、どうして?僕の誕生日はもう少し先だよ?」
「うふふ。シルエちゃんたら、プレゼントを渡すのを我慢できなかったのですわ」
アンナが微笑ましそうに助け舟を出す。
「最初はご希望通りラジオを買う予定でしたの。でも、お店でその包丁を見つけて、急に考えを変えたのです。『こっちの方が絶対にいい!』って。……かなりいいお値段でしたけど、即決でしたわよ?」
「そうだったんですか……。ありがとう、シルエ!でも、どうしてラジオをやめたんだい?」
タダヒロが尋ねると、シルエは満面の笑みで答えた。
「だってね、ご飯を作っている時のタダヒロ、すっごく楽しそうだもん!ラジオを聴いてる時より、もっとキラキラしてる!だから、こっちの方がいいなって!」
「シルエ……」
彼女は見てくれていたのだ。自分が料理に込める情熱を。
「うん!これで美味しいご飯をたーくさん作ってね!タダヒロ、いつもありがとう!」
感極まったシルエが、長い腕を広げて勢いよく抱きついた。
「わわっ!?ちょ、シルエ!包丁!手に包丁持ってるから! 危ないって!」
タダヒロは慌てて包丁を持った右手を頭上へ高く突き上げ、彼女の抱擁を受け止めた。190センチの彼女に抱きしめられると、すっぽりと包み込まれてしまう。
「あらあら、お熱いですこと」
「ははは!見ているこっちが照れちまうな」
アンナとオーギンは、ドタバタと騒ぐ二人を温かい眼差しで見守っていた。
ジラフ号のキッチンに、今日も平和で幸せな夕食の時間が訪れる。
これにて第2巻は終わりです!シルエの活躍を楽しんでいただけましたでしょうか。
ここまで読んでくださった読者の皆さん、ありがとうございました!
いよいよ次から第3巻に入りますが、少しお時間をいただくことになるかと思います。
第3巻の連載がはじまりましたら、また読んでいただけると嬉しいです!




