EP[2]-11. インサイト・ディス・コンテナ
「アンナさん、だいぶ走りました……! もう着くでしょうか!」
回転灯の赤い光が、焦るタダヒロの顔を交互に照らし出す。
「ええ、そろそろのはずですわ」
アンナは冷静な声で答えつつ、追っ手に向けて容赦ない弾幕を浴びせかけた。圧倒的な火力の前に、イワノフたちは足止めを食らい、身動きが取れない。
その隙に二人は最奥の扉へと滑り込む。 扉の向こうに広がっていたのは、静寂と無重力の支配する巨大な貨物室だった。
「着いた……コンテナだ」
タダヒロは浮遊する体勢を整えながら、必死に視線を走らせる。
「子供とシルエはどこだ! ……シルエ、いるかい!? シルエ!」
祈るような叫びが響く。すると、巨大な影のそばで何かが動いた。
「タダヒロ……? タダヒロ! 来てくれたんだね!」
懐かしい声。シルエだ。
彼女は最後の力を振り絞るように、無重力の海を泳いでこちらへ向かってくる。
「チッ!あのネズミども、コンテナエリアまで逃げ込みやがったか。……おいノーズ!なんで『虫女』までいやがる!牢屋にぶち込んだはずだろうが!」
「監視ログ照合中……。解答。先ほどの敵船による強行接舷、その衝撃で電子ロックが物理的に解除された模様です」
ノーズが淡々と、しかし絶望的な事実を報告する。
「ええい、クソッ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって……!」
イワノフは悪態をつくが、すぐに獰猛な笑みを浮かべた。
「だが、ここまでだ。動力室がイカれたせいで、コンテナの隔壁はロックされている。袋のネズミだぜ。じっくり追い詰めてやる」
「うふふ、さすがイワノフ様。たっぷり可愛がって差し上げましょう!」 ソフィアが獲物を見つけた肉食獣のように、舌なめずりをして銃を構える。
通路の向こうでは、サイボーグ女が撃ちまくるビームガトリングの閃光が、明らかに弱まっていた。
(……フン、そろそろ弾切れか)
イワノフはあえて深追いはせず、遮蔽物からブラスターで威嚇射撃を繰り返す。 商品に傷をつけないよう慎重に。そして相手が力を失うその瞬間を、虎視眈々と待ち続けた。
「……まずいですわね。そろそろ底をつきますわ」
アンナの放つビームの輝きが、蛍の光のように弱々しく明滅し始めた。彼女の顔に、隠しきれない焦燥が浮かぶ。
「そんな……!ここを脱出しないと全滅だぞ。やっとシルエと再会できたのに……くそっ、これで終わりなのか!?」
タダヒロは唇を噛み締め、絶望的な状況に拳を震わせた。逃げ場のないコンテナは、もはや巨大な棺桶に見える。
「タダヒロ……諦めないで。まだ、手はあるよ」
「えっ……?何をする気だ! やめろシルエ、君はもうボロボロじゃないか!」
ふらりと前に出ようとするシルエの肩を、タダヒロは慌てて掴んだ。その体は熱く、小刻みに震えている。これ以上何かをすれば、彼女自身の命に関わることは明白だった。
「だけど、なんとかしないと。……大丈夫。私にはタダヒロがいるから、平気だよ」
「平気なわけあるか!そんな体で!」
タダヒロの悲痛な叫びに、シルエは困ったように微笑むだけだった。そして彼女は、背後のサンシャンへと振り返る。
「サンシャン、聞いて。……あのコンテナの扉が開いたら、全力で逃げるのよ。そして、この人たちの後を追って。そうすれば、きっとお家に帰れるから。……いい?」
『……うん、わかった。シルエはどうするの?』
サンシャンが心配そうに身じろぎするが、シルエは優しくその鼻先を撫でた。
「タダヒロ、後はお願い。この子を……サンシャンを助けてあげて」
「シルエ……ッ!」
「ふふ、そんな顔しないで。帰ったら、うんと美味しいご飯を食べさせてね。……それとね、タダヒロに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの……?」
「そう。内緒のプレゼント。……だから、絶対に帰るって約束だよ」
シルエはタダヒロの手をそっと離すと、ふわりと無重力の床を蹴った。
向かう先は、閉ざされた巨大なコンテナ扉。
「いっけえぇぇぇ――ッ!!」
彼女の全身が、眩いほどの白光に包まれる。少女の体から放たれた極大の電撃が、扉の制御回路へと直撃した。バチバチッ!と火花が散り、焼き切れる音と共にロックが強制解除される。
ズズズ……と重苦しい音を立てて、厚い鉄扉が開き始めた。
「やった……開いたぞ!……って、おい、シルエッ!!」
開いた隙間から、サンシャンが巨体をくねらせ、最後の力を振り絞って外の宇宙へと滑り出していく。
「……やった、開いた……」
安堵の吐息と共に、シルエの体からふっと力が抜けた。意識を失った彼女の長い手足が、無重力の空間を力なく漂う。
「シルエッ!」
タダヒロはとっさに床を蹴り、宙を舞う彼女の体へと手を伸ばした。自分よりも頭一つ分背の高い、190センチの長身。普段なら見上げるほどの彼女だが、無重力の今なら羽のように軽い。タダヒロはその大きな体を、愛おしむようにしっかりと抱き寄せた。
「こんなになるまで無理をして……バカだよ、君は」
タダヒロは腕の中の寝顔に誓うように呟く。
「約束する。君が守ったあの子は、僕が必ず家に帰すから……。だから今は、少しだけ眠っててくれ」
「タダヒロ、急ぎましょう! 彼女が作ってくれた好機、無駄にはできませんわ!」
「はい、アンナさん! 行きましょう!」
シルエを大切に抱きかかえたまま、タダヒロとアンナは開かれた扉の向こうへと飛び出した。
「ちくしょぉぉぉぉ!待ちやがれ!俺の商品を持ち逃げする気か!」
「キィーッ!あんの虫女、ただじゃおかないわよ! 覚えてなさい!」
イワノフとソフィアは地団駄を踏み、遠ざかる背中に向けてブラスターガンを乱射した。 だが、虚空を切り裂くビームは彼らに届くことなく、無為に闇へと消えていく。悪党たちの罵声を背に、アンナたちはコンテナの外で待機していたサンセット号へと滑り込んだ。
「全速離脱!サンシャンを連れてずらかりますわよ!」
サンセット号のスラスターが青白く輝き、巨大な幼体を先導しながら、機能を停止したレッド・バルーン号を置き去りにして星の海へと消えていった。




