EP[2]-10. ウェイト・ヒズ・ヘルプ
「静かすぎる……。本当に向かってるのかな」
サンセット号の衝角内部にあるエントリーポッド。 その狭いカプセルに収まってから、不気味なほどの静寂が続いていた。 最新の慣性制御装置は、加速の重圧も、宇宙船特有の微振動も、そのすべてを完全に遮断していた。自分が弾丸となって放たれているという実感だけが欠落し、タダヒロは心細さに震える。
だが、その静寂は唐突に終わりを告げた。
ガガガガッ、ズドォォォォンッ!!
外から、巨大な金属同士が激しく削り合い、引き裂かれるような凄まじい轟音が響いてきた。レッド・バルーン号の分厚い装甲を、アンナの「槍」が貫通したのだ。 これほどの破壊音が鳴り響いているというのに、ポッドの中は相変わらず揺れ一つない。
「本当だったんだ……。アンナさんの言った通り、衝撃が全く来ない……!」
タダヒロは驚愕しながらも、死を覚悟した身体の強張りを解いた。 ついに、敵の船内へ。シルエのいる場所まで、あと少し。
プシューという排気音と共に、衝角中央のハッチが跳ね上がった。目の前に広がっていたのは、赤く明滅する非常灯に照らされたレッド・バルーン号のメイン通路だった。
「さあ、タダヒロさん。到着ですわよ!」
廊下には、既にコクピットを飛び出したアンナが不敵な笑みを浮かべて立っていた。その右腕――白銀の義手には、通常なら強化外骨格なしでは保持できないはずの、巨大な『ビームガトリング砲』が鈍い光を放ちながら鎮座している。
タダヒロは足元に気をつけながら、突き刺さった衝角の先端から船内へと降り立った。サンセット号の鋭利な「槍」が、敵船の分厚い装甲を紙のように切り裂き、そのまま廊下の中央まで貫通している。風穴から宇宙空間へ空気が吸い出されているのか、ヒューヒューと耳障りな笛のような音が響く。
(本当に……乗り込んだんだ。もう後戻りはできない……!)
「ボーッとしていてはいけませんわ。子供とシルエちゃんを救い出しますわよ!私から一歩も離れないこと、よろしくて?」
「はい、アンナさん!」
動力系が死んでいるせいか、人工重力まで消失していた。二人は壁や手すりを蹴り、無重力の廊下を泳ぐようにして下層のコンテナ区画を目指す。だが、その行く手を阻むように、廊下の角から三つの不気味な影が滑り出してきた。
「いたぞ! 野郎ども、よくも俺の船に風穴を開けやがったな!」
「許さない! 泥棒猫がイワノフ様の船を……生きてここから出られると思わないことですわ!」
角から飛び出したイワノフとソフィアが、怒りに任せてブラスターを構える。
「ミスター・イワノフ、警告。相手は重火器を携行しています。無謀な突撃は……」
「うるさいわね! だったらアンタが真っ先に撃ちなさいよ!」
ソフィアの怒声に応じ、ノーズのドローンから銃身がせり出す。
「了解。ソフィア、貴女よりは私の方が命中精度は高いですが、援護します」
「きーっ! 見てなさい、一発で仕留めてやるわ!」
ソフィアが放った先制の一撃を合図に、無重力の回廊に光弾の雨が降り注いだ。
「そんなちっぽけな玩具で、この私を止めようなどと百年早いですわ!」
アンナが義手を一閃させる。巨大なビームガトリング砲が唸りを上げ、猛烈な勢いで光の奔流を吐き出した。 凄まじい反動があるはずだが、彼女の白銀の義手は微動だにしない。廊下を埋め尽くすほどの弾幕を前に、イワノフたちは悲鳴を上げて角の影へ逃げ込んだ。
「なんだありゃあ! あんな化け物じみた火力を片手で扱いやがって、バケモンか!」
壁を削るエネルギー弾の嵐に、イワノフは歯噛みする。
「タダヒロさん、今ですわ! 一気に駆け抜けますわよ!」
「は、はいっ!」
アンナは牽制射撃を絶やさぬまま、浮遊するタダヒロを促して下層デッキへと突き進む。
「サイボーグどもめ、行かせるか! 野郎ども、追え!」
イワノフたちが必死に追随しようとするが、アンナは要所で正確な置き射撃を浴びせ、彼らを一歩も近づけさせない。火力の差は歴然だった。
「くそっ、これじゃ近づけねぇ!」
焦る悪党たちを引き離し、アンナとタダヒロはシルエの待つコンテナ区画へと確実に距離を詰めていく。
「……っ、力が入らないよ……」
シルエは、冷たく無機質な独房の床に横たわっていた。部屋には窓もなく、あるのは壁から無造作に突き出した硬い椅子だけ。静寂と冷気だけが支配する孤独な空間が、彼女の意識を奪おうとする。
電撃を放出した代償として、鉛のように重い疲労が全身を襲う。まぶたが重い。このまま目を閉じて眠ってしまえば、どんなに楽だろうか。
「だめ……。ここで寝ちゃったら、助けに来てくれた時にいけない」
シルエは唇を噛み、意識の混濁を必死に押し留める。タダヒロの顔を思い浮かべる。彼は必ず来る。その時、自分が足手まといになるわけにはいかない。
その時、独房全体を激しい衝撃が突き上げた。
ズドォォォォンッ!!
金属が悲鳴を上げ、船体が大きく軋む。アンナのサンセット号が突き刺さった衝撃だ。
「……っ、何!?」
動力系にダメージを負っていた船は、この衝撃でシステムに致命的なエラーを引き起こしたらしい。チカチカと非常灯が明滅し、カチリ、と独房の電子ロックが解除される音が響いた。
ゆっくりと、自動ドアが開く。
「……助け、来たんだ。……行かなきゃ。サンシャンのところへ!」
シルエは震える腕で壁を掴み、無理やり身体を立ち上げた。足元はおぼつかない。それでも彼女の瞳には、希望の光が宿っていた。
サンセット号の衝角が船体を切り裂いた凄まじい轟音に、サンシャンは跳ねるように目を覚ました。
『……っ!? ここは、どこ? シルエ! シルエはどこにいるの!?』
暗いコンテナの中に、答える声はない。いつの間にか消失した重力のせいで、サンシャンの巨体は不安定に宙を漂った。かつて小惑星帯で震えていた時と同じ、あるいはそれ以上の孤独と恐怖が、幼い彼を襲う。
逃げようにも、麻酔と空腹で衰弱した体は思うように動かない。彼はただ、壁に囲まれた冷たい闇の中で、おびえて丸まることしかできなかった。
その時。 カチリ、と気密扉が開き、一筋の光が差し込んだ。
『シルエ……!?』
「サンシャン……!」
そこには、今にも倒れそうな足取りで、無重力の空間を必死に泳いでくるシルエの姿があった。
「ごめんね、一人にして。……でも、もう大丈夫だよ」
シルエは震える腕でサンシャンの大きな肌に触れ、優しく語りかけた。
「助けに来たよ。私の仲間も、すぐそこまで来てる。だから、怖がらないで。一緒に待っていようね」 (タダヒロ……来てくれたんだね……)
サンシャンはシルエの温もりを感じ、ようやく荒い呼吸を整えた。二人は寄り添い合い、運命を託した仲間の到着をじっと待つのだった。




