EP2-9. ラム・ザ・ショット
ジラフ号は、シルエのビーコン信号を頼りに暗い宇宙を駆けていた。
「報告します船長! 前方、レッド・バルーン号が緊急停止しました! 原因は不明、完全に沈黙しています」
チロルの切迫した声がブリッジに響く。
「なんだと? 故障か、それとも罠か……。だが、これは千載一遇のチャンスだぞ」
オーギンが身を乗り出す。速度差で引き離されかけていたが、相手が止まっているなら話は別だ。
「オーギンさん、追いついたとしてどう制圧しますか?」
ミハエルが不安げに尋ねる。
「艦砲射撃で撃ち合えば、中にいる子供やシルエさんが巻き添えになります。船ごと破壊するわけにはいきません」
「ああ、そこが悩みどころだ。外科手術のように、中の二人だけを助け出せればいいんだが……」
「それなら、私にお任せくださいまし」
凛とした声が割り込んだ。アンナだ。彼女は不敵な笑みを浮かべ、モニターを指差す。
「私の愛機、『サンセット号』を使いますわ」
「サンセット号? あの小型艇でどうやって……」
「サンセット号の艦首には、超硬度合金の『衝角』が装備されていますの。これで敵船の横腹に突撃し、風穴を開けますわ」
「強行突入か! 荒っぽいな」
「ええ。穴を開けて直接乗り込み、制圧します。……私一人でも十分ですわよ?」
アンナは右腕の義手を持ち上げ、駆動音を鳴らしてみせた。彼女の身体は対人戦闘に特化したサイボーグだ。白兵戦なら誰にも負けない。
「なるほど、それなら人質を傷つけずに済む。……よし、採用だ」 オーギンが決断を下したその時、ブリッジの自動ドアが開いた。
「……待ってください」
部屋に籠っていたはずのタダヒロが、静かに姿を現した。
タダヒロは、自室のベッドに力なく横たわっていた。
「……くそっ」
目を閉じれば、瞼の裏にあの光景が焼き付いている。 切断された命綱。遠ざかる赤い船。そして、助けを求めるシルエの声。
(なんで、もっと早く気付かなかった……。なんで、俺の手はあんなに遅かったんだ)
後悔ばかりが頭を巡る。俺が未熟だったせいで、あの子はさらわれた。いつも隣で「お腹すいた!」と笑っていた、あの明るい太陽を失ってしまった。
ふと、枕に顔を埋める。 微かに、甘い匂いがした気がした。 このベッドには、一度だけシルエが潜り込んできたことがある。初めてこの船に乗った夜、「一人は寂しい」と言って、俺の部屋に来て眠ったのだ。
俺は操縦席にいたから一緒には寝ていないが、あの日、彼女は確かにここにいた。
(シルエ……)
身を起こし、サイドテーブルに視線を移す。そこには、管理局時代の訓練終了記念の写真が飾られていた。 厳しい訓練の後だというのに、シルエだけは満面の笑みでピースサインをしている。
『タダヒロのご飯、大好き!』 脳裏に彼女の声が蘇り、胸が締め付けられるように痛んだ。 俺たちは何のために訓練を受けたんだ。こういう時に、守るためじゃなかったのか。
「俺に……何ができる?」
自問する。敵は武装した元軍用船だ。テストパイロットで料理人の俺に何ができるかわからない。
「でも……会いたい」
理屈じゃない。ただ、彼女に会いたい。 助けに行かなくちゃ。このまま部屋で膝を抱えていたって、彼女は帰ってこない。
「……行こう」
タダヒロは涙を拭い、拳を握りしめて立ち上がった。 迷いを断ち切るように、部屋のドアを開ける。
覚悟を決めたタダヒロは、重い扉を開け放ち、ブリッジへと踏み込んだ。
「おう、タダヒロ。部屋から出てきたか」
オーギンが振り返る。
「ちょうど良かった。アンナさんが単独で突入し、シルエを救出してくれる手筈になったぞ」
「……話は、扉の前で聞いていました」
タダヒロは真っ直ぐに二人を見据え、一歩前へ出た。
「オーギンさん、アンナさん。どうか、俺も一緒に行かせてください」
「はぁ? 何を言ってやがる」
オーギンが呆れたように声を荒げた。
「相手は武装した犯罪組織だぞ。お前みたいな非戦闘員が行ったって、アンナさんの足手まといになるだけだ。死にに行くようなもんだぞ」
「わかっています! でも……俺はシルエを放っておけないんです!」
タダヒロの叫びがブリッジに響く。
「俺の判断が遅れたせいで、シルエは捕まりました。俺の責任なんです。だから……俺の手で取り返したいんです!」
彼はアンナに向き直り、深く頭を下げた。
「お願いします! なんでもしますから、連れて行ってください!」
「…………」 アンナはしばらく沈黙した後、ふっと溜息をついた。
「勘違いしないでくださいまし。シルエちゃんが捕まったのは貴方のせいではありませんわ」
「アンナさん……」
「ですが、その心意気は嫌いではありません。……わかりましたわ。同行を許可します」
「本当ですか!?」
「ええ。ただし、私の背中から離れないこと。いいですわね?」
アンナはニヤリと口角を上げ、試すような視線を送った。
「……しょうがねぇな。アンナさんがいいなら止めはしねぇが」
オーギンも頭を掻きながら折れた。
「二人とも、無茶はするなよ。必ず全員で帰ってくるんだ」
「はい! 必ず!」
タダヒロとアンナは格納庫へと急ぐ。 モニターには、停止した深紅の巨体――レッド・バルーン号が、不気味な威圧感を放ちながら迫っていた。
「いいですか、タダヒロ。この衝角の先端の中は強襲用戦闘員格納室になっています」
格納庫に鎮座する橙色の流線型船――サンセット号。その鋭利な機首を指し、アンナは淡々と言った。 「ここにお入りなさい」
「えっ……。ミサイルの先端に乗るようなものじゃないですか」
タダヒロは顔を引きつらせる。
「ぶつかった時の衝撃で、ミンチになりませんか?」
「ご安心を。最新の慣性制御装置が働きますから、中の人間は安全ですわ」
「ほ、本当ですか……? 死にませんよね?」
「ええ、多分。さあ、時間が惜しいですわよ!」
アンナは有無を言わせずタダヒロをポッドへ押し込むと、自らもコクピットへ滑り込んだ。
「サンセット号、発進!」
スラスターが火を噴き、橙色の機体が宇宙へ飛び出した。
一方、動力を喪失したレッド・バルーン号のブリッジは混乱の極みにあった。
「ええい、復旧はまだか! ジラフ号が目の前まで来てるんだぞ!」
「無理です、ミスター・イワノフ。サーバーが焼き切れています。交換と再起動には最低でも一日かかります」
ノーズのドローンが無慈悲な事実を告げる。
「くそっ、あの虫女め……!」
イワノフがコンソールを叩いた時、警告音が鳴り響いた。
「接近警報! 敵艦より小型機発進。急速接近中!」
「迎撃だ! レーザー砲で撃ち落とせ!」
「不可能です。火器管制システムもダウンしています。それにハッチも開きません。迎撃機も出せません」
「なんだと!? じゃあ指をくわえて見てろと言うのか!」
完全な無防備。動けない要塞など、ただの的だ。 モニターの中で、橙色の光が一直線に迫ってくる。減速する気配は微塵もない。
「……おい、止まる気がないぞ。まさか、突っ込む気か!?」
「衝突、来ます!」
ズドォォォォン!! 轟音と共に船体が悲鳴を上げ、凄まじい衝撃が走った。イワノフとソフィアが床に投げ出される。
「ぐわっ!」 「きゃあ!」
「野郎……! 強行接舷だと!? 白兵戦を挑む気か!」
イワノフは揺れる視界の中で銃を抜いた。
「上等だ。ソフィア、ノーズ、行くぞ! 返り討ちにしてやる!」
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