EP10-2. 決着
(4)
ジラフ号がタイロン星のニュークーロンシティから出て衛星のように浮かぶワープゲートへ向かっている。
「もうすぐワープゲート近辺宙域です。」
僕は今、ワープゲートに向かって操縦している。隣の副操縦席にはシルエが座っている。
「良し、ゲートを望遠カメラで捉えたら、一旦船を停止だ。チロルに望遠カメラで奴らがいないか確認させる。」
オーギンさんが僕とチロルに指示を出す。
「やつらというと、ツンドラのサーカスですか。奴らの船はわかりますかね。」
「軍の横流しされた船なら、元は軍用品ということだ。軍用品なんてめったに見ないから、おそらくそいつが奴らのサーカス連中の船だろう。」
「なるほど、そういうことですか。」
軍で使われている船か……。やっかいなやつらに目をつけられたな。
「望遠カメラでワープゲートを確認できましたぜ。」
チロルが母艦の望遠カメラでワープゲートを捉える。
「よし、チロル。望遠カメラでワープゲート付近に軍用の宇宙船らしきものは確認できるか。」
「待ってて下さい。確認していきますぜ。」
チロルが望遠カメラを動かしてワープゲート付近に軍用らしき船がいないか確認する。
「いないと良いんだけど。」
僕は悪い方向になってほしくないと不安になる。
「いました。軍用らしき船が一隻、ワープゲートに入ろうとせずにゲート前で止まっています。」
「ちくしょう。やっぱり居やがったか。」
オーギンさんが悪態をつく。望遠カメラからのモニタにはやはり軍用らしき船が一隻、ワープゲート付近で止まっている姿が映し出されている。
「そんな、一体どうすれば……。」
相手はやはり軍用船だったのか。
「オーギンさん、ここは一旦引いた方が良いかもしれませんわ。強行突破しようとすれば、攻撃されかねないですわ。」
アンナさんがオーギンさんへ助言する。
「そうだな、一旦引くか。」
オーギンさんも同意する。
「確認した船が動き出しました。進路はこちらの方向のようです。」
チロルが相手の船が動いたことを望遠カメラで確認する。
「なんてこった。気づかれたか。やはり連中は俺たちを探してるんだ。」
オーギンさんがまたも悪態をつく。しかし、動揺はしていない。
「急いで引いた方が良さそうですわ。相手は軍用船、こちらの船より船速が速いですわよ。どこか隠れるところはありまして?」
アンナさんがさらに助言を言う。
「近くに隕石群があるはずだ。そこを通って、やつらを惑わす。それから、廃船星まで向かおう。そこで船をスクラップの山に紛れ込ませて隠れるんだ。」
隕石群を通って、廃船星へ。良い案だ。それならやつらを振り切れる。僕の操縦技術の腕の見せ所だ。
「進路を廃船星へとります。途中で隕石群へ通ります。最大船速でいきます。」
「燃料がもったいないが仕方ねぇ。」
オーギンさんから最大船速の許可が出る。僕は操縦桿を握り、全速力でジラフ号をこの宙域から逃がす。
「タダヒロ、ダイジョウブカナ?」
隣のシルエが僕に聞いてくる。
「大丈夫だよ。僕の操縦に任せて。」
僕は造船会社のテストパイロットをやっていたこともある。奴らの船から振り切れるはずだ。
(5)
ジラフ号は追いかけてくるレッドバルーン号を尻目に隕石群で見事に振り切り、無事に廃船星まで逃げ切ることができた。
「なんとか隠れられました。」
「ああ、タダヒロの操縦のおかげで追いつかれずにここまで来られたぞ。良くやった。」
「オーギンさん、ありがとうございます。」
僕はミスすることもなく、自分の操縦で振り切ったことに安心した。
「ただ、これからどうするかだな。」
「相手に奇襲するのはいかがでしょうか。隠れているこちらに地の利がありますわ。」
奇襲か。それはレッドバルーン号の面々と戦うということだろう。
「それは良い考えだが、やつらもあほじゃねぇ。きっと警戒しているはずだ。うまくいくだろうか。」
「五分五分ですわね。相手の船に乗っている戦闘機の数がわからないですわね。相手の戦力がわからないと、なんとも言えないですわ。こちらは私のサンセット号の一機分だけでは分が悪いですわね。」
状況は地の利がこちらにあるとはいえ、不利なことには変わりない。
「困ったな。」
オーギンさんも頭を抱えている。
「タダヒロ、少シ良イカナ。」
シルエが僕に何か言いたそうにしている。
「なんだい、シルエ。」
「ワタシモ アノ子ガ イルヨ。」
あの子?ということは……。
「あの子って、君の宇宙船のことかい?」
「ウン、ソウダヨ。」
それはもしかして、シルエも宇宙船に乗って戦うということか。
「それはダメだよ、危なすぎる。君は戦闘の経験がないんだろ。」
その考えは僕にとって、受け入れらない。
「シルエの宇宙船か……。良い案かもしれん。」
オーギンさんは抱えていた頭をあげる。
「オーギンさん、それはいくらなんでも!」
オーギンさんが賛成するなんて……。
「だがな、タダヒロ、他に方法がないんだ。それとも、大人しく奴らに降伏してシルエを渡すか?」
シルエの宇宙船に一理はあるのはわかりますが……。シルエに戦闘の経験があるとは思えない。
「それなら、おまえが一緒に乗って操縦するのはどうだ?それだったら、なんとかなるだろ。お前の腕だ、囮ぐらいなら充分できるはずだ。」
僕が……一緒に?
「それだったら、確かにそうかもしれませんが。」
それでもオーギンさんと言えど、素人判断で決めるのは危ないのではないか。
「私も危ないと思いますが、他に方法は見当たりませんわ。」
アンナさんまで賛成か。もうやるしかないのか。
「ダイジョウブ、タダヒロ。アナタガ イッショダカラ。」
シルエが僕を励ます。僕も腹をくくらないといけないか。
「シルエ……。」
やるしかない。
「決まりだな。策を練ろう。」
オーギンさんはパンっと手を叩くと、作戦について話し始める。
(6)
「タダヒロ、どうだ、シルツー号の乗り心地は?」
オーギンさんはシルツー号に掛けた梯子からコクピットに座っている僕に話しかける。僕とシルエはシルツー号のコクピットに隣合わせで座っているのだ。シルツー号というのは、シルエの乗っていた宇宙船の名前だ。作戦会議で名前が無いのは不便ということで、シルツー号という名前に決まった。隣に座っているシルエは席に座るやいなや、繭のように首から下の全身を糸で薄く包まれてしまった。
「不思議な感じです。繭に包まれているようた。」
操縦席は柔らかい糸で作られている。本当に繭の中にいるような感覚に陥る。
「通信装置は新しく乗せてあるから、それを使え。操縦の方法はシルエから教えてもらえ、いいな。」
どうやら、この宇宙船シルツー号は通信装置などの小型装置を後から接続できるようだ。外から見ても宇宙生物にしか見えないが、中から見ても宇宙生物の中に座っているように思えて、不思議な宇宙船だと思った。
「はい、わかりました。」
「じゃ、おれはブリッジに戻る。後は頼むぞ。」
そういうと、オーギンさんは梯子を降りて、ブリッジへと戻っていった。
「なんとかやってみます。」
去っていくオーギンさんに声を掛ける。
「タダヒロ、準備ハ イイ?」
シルエが僕に声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ。」
初めての宇宙船だが、なんとか乗りこなして見せる。
「目ノ前ノ レバーヲ ニギッテ。」
「これか、よし。」
目の前にある操縦桿みたいなレバーを握る。
「うわっ。手に何か糸みたいなのが巻きついてくる。」
レバーを握ると糸が這い出てきて、僕の手を包んでくる。思わず、びっくりする。
「ダイジョウブ、コワガラナイデ。」
シルエが僕を落ち着かそうとする。
「操縦するにはレバーを動かせば良いのかい。」
「チガウ、思ウノ。思エバ ソノ通リニ 動ク。アナタノ 思イヲ ワタシガ 受ケ取ッテ、 ワタシガ コノ子を ウゴカスノ。」
「そうか、思うだけで良いのか、浮いてくれ。」
浮いてくれと念じると、シルツー号は床から少しだけ浮いてくれた。思えば、動くのか。不思議だ。レバーにある手を包んだ糸を通じて、シルエと神経のように感覚がつながっているのか。シルエの思考も僕の中に流れてくる。
「前へ。」
次に前へと念じると、シルツー号は前へと進む。止まれと思えば、止まる。
「すごい。念じるだけで動くなんて。シルエ、これで良いのかい。」
口が動くのではなく、自分が言いたい言葉が思念としてシルエに流れていく。
「ソウ、ソノ調子。タダヒロ、上手ダヨ。アナタノ 手ニ巻イタ 糸ヲ 通シテ ワタシト ツナガッテイルノ。」
シルエの思念が僕の頭に流れてくる。シルエも僕とつながっているのを感じているのだろう。
「そういうことか。テスト飛行しても良いかい。」
早速、フライトして自由に動き回ってみたい。
「タブン、ダイジョウブ。」
シルエは戸惑いながらもOKを出してくれる。この感覚にまだ慣れていないのだろうか。
「すごい、思い通りに動く。すごいぞ。」
ジラフ号の格納庫を出て、シルツー号を宇宙へと飛ばす。急旋回しようとしたところで、シルエが待ったを掛ける。
「タダヒロ チョット 待ッテ。動キガ ハゲシイ。ワタシ ツイテイケナイ。モット ユックリ。ツナガッタ バカリ ダカラ ユックリシテ。」
やはり、まだ感覚になれていないようだ。急旋回をやめて、スピードを緩める。
「え、ごめんよ。これで大丈夫?」
「ウン、今ノ感ジデ オ願イ。」
しばらく、ゆっくりと曲がったり、上がったり、下がったりして感覚を徐々にならしていく。
「タダヒロ、モウ大丈夫 慣レタト 思フ。」
シルエが感覚になれてきたようだ。
「わかった、それじゃ飛ばすよ。それ!」
思い切って、スピードを上げる。そして、急旋回、急上昇、急降下、どれも思いのまま動く。僕はその機動に興奮する。糸を通して、シルエとつながっているんだ。
「やっぱり、すごいや!シルエ、すごいよ!」
「ウン、ワタシモ タダヒロ 感ジテル スゴイ!」
シルエも感じてくれているようだ。二人で宇宙船を飛ばす。よし、これならいけるぞ。
「オーギンさん、慣熟飛行が終わりました。」
無線スイッチを入れて、オーギンさんと連絡をとる。
「おう、わかった。見ていたぞ。すごい機動の動きだった。」
「ええ、すごかったですわ。これなら、軍用機の戦闘機にも負けない動きができますわ。」
オーギンさんもアンナさんもほめてくれた。ますます自信がみなぎってくる。
「ありがとうございます!シルエ、良かったね。」
「ウン、アリガトウ。タダヒロト 一緒ナラ ヤレルヨ!」
僕もシルエも宇宙船を通じてお互いに信頼できている。
「よし、例の作戦で行こう。タダヒロ、シルエを任せるぞ。」
オーギンさんは明るい声で作戦開始を告げる。