外伝第7話:暁の反乱 ―名を刻む者、刃を抜くとき―
帝国歴817年――
静かなる策謀の時代が、終わろうとしていた。
王宮と議会、旧貴族軍、設計主義者の一部――
“帝国の形”を巡る思惑は、ついに一つの臨界点に達する。
そしてそれは、“暁”と呼ばれる未明の時刻に始まった。
帝都の東翼にある兵站拠点が、正規軍を装った部隊によって制圧される。
同時刻、中央通信局が“内部故障”を理由に沈黙。
――それは、帝国にとって“最も起きてはならない事態”の幕開けだった。
だがその中心にあるのは、“帝国を守る楔”として立つ青年、カイゼル。
彼は静かに、図面を片手に言う。
「……ここから先は、設計ではなく、刃で守る」
帝国の夜明けに、名を刻む者が“初めて刃を抜く”ときが来た。
帝都・中央通信局――未明四時
通常、ここは帝国中枢における“声”の集まる場所だった。
各戦線の報告、議会からの通達、王宮への警告――
全ての情報が、この通信局を経由して動いている。
だが今、その全てが止まっていた。
「発信不可、受信も沈黙。伝達が完全にロックされています」
「外部からの干渉か?」
「いいえ。内側からの遮断です。……中に裏切り者がいます」
明確な“反乱”の兆し。
だが、既にこの沈黙を“計算に入れていた者”がいた。
同時刻・帝都南部 軍政庁内作戦室
「起きたな。“暁”の動きだ」
カイゼルは淡々と、机上の地図に赤い石を置いた。
「通信局沈黙、東翼制圧。次は北部通商庁が狙われる。
補給と連絡を封じ、帝国を“無力”にするつもりだ」
「カウンターは?」
「通さない。すべて“先に打つ”」
作戦室には、かつて彼が信頼して抜擢した“名もなき者たち”が揃っていた。
「各自、予備通信用の信号塔へ。
“風”の経路を封鎖し、“音”の回線を開け」
それは、帝国の“声”を奪われる前に、
“新たな声”を上げるための動きだった。
その時、空がわずかに白み始めていた。
帝国が“割れる前の最後の夜”が、静かに終わりを告げようとしていた。
帝都・東翼補給拠点跡地――午前五時
夜明けとともに、かつての補給拠点に正規軍の装いをした部隊が集結していた。
だが、その装備も、部隊章も、細部に違和感がある。
「識別番号が一致しません。……これは偽装部隊です」
斥候の報告に、カイゼルは頷いた。
「指揮官は?」
「偽名で登録された“元貴族軍所属”の男です。東部反王派との関係あり」
カイゼルは、戦術図を広げ、指先で印をつける。
「包囲線は完成。あとは、俺が動く」
部下たちが言葉を失うなか、彼はただ静かに背負い鞘を外した。
「……この手で、帝国を守る時が来た」
かつて、“刃を持たぬ設計者”と呼ばれた青年。
だがその手は今、かつて伝令として駆け抜けた地を、剣で護ろうとしていた。
カイゼルの前に、偽部隊の指揮官が姿を現す。
「ほう、自ら来たか」
「貴様に、聞きたいことがある」
「聞け」
「お前にとって、“帝国”とはなんだ」
その問いに、男は嘲るように答えた。
「……奪い、築き、支配するものだ」
カイゼルの眼が細まる。
「違う。“帝国”とは、背負うものだ」
次の瞬間、鞘が地面に落ちた。
その刃は、一振りで敵兵の前列を崩す。
動きは最小、だがその精度は“鮮麗された戦闘”そのもの。
「設計とは、図面のことではない。
誰が倒れずに前へ進めるか、それを考える技術だ」
帝都・北翼通商庁前――午前六時
突如、通商庁正面で爆音が鳴り響いた。
仕掛けられていた火薬と破壊装置によって、正門と連絡通路が崩落したのだ。
「これは……本気で、帝都そのものを“再編”するつもりだ」
副官の声に、カイゼルはすぐさま命じる。
「包囲線を張り直せ。後方警戒を五重、中央に抜け道を。
敵は逃げるときに“正規ルート”を使う。
逆にそこを“開けて”見せれば、導ける」
彼の指示は即座に現場で実行され、やがてひとつの影が現れた。
逃走するのは、“名ばかりの高官”に成りすました敵指揮官。
「確保!」
一瞬で周囲を囲まれ、逃げ道はなくなる。
「……ばかな……なぜここが封鎖されて……」
「“設計”したからだよ」
カイゼルの声に、男は顔を引きつらせた。
その後、通商庁襲撃に関与した“偽装勢力”の名簿が押収され、
帝国議会の裏にあった複数の資産と名義が凍結された。
午後、帝都議事堂の前。
帝国全軍への伝達が流れる。
「本日未明、帝都内にて武装反乱の企図が確認されました。
だが、それは未遂に終わりました。
名を偽り、国を奪おうとした者たちに、我々は“意志”で応えたのです」
その声は、カイゼル自身によるものだった。
「帝国とは、図面ではない。
誰が、何を背負うかで築かれる“意志の地形”です。
私は、それを守り続ける“設計者”であり、“楔”でありたい」
その伝令が終わる頃――
帝都の空は、ようやく、朝の陽を取り戻していた。
帝都・軍政庁本館 屋上――夕刻
一日が終わる頃、カイゼルは城の屋上に立っていた。
風が吹く。その風に、かつての“設計図”が一枚、手から舞い上がる。
「……結局、地図も、戦術も、風の中ではただの紙だな」
後ろから、アリステアが現れる。
「だが、それを守りきった。“刃”として、設計者として」
「まだです。帝国の割れ目は埋まっていません。
今日止めたのは、“反乱”ではなく、“加速”です」
アリステアはふと問いかける。
「君の“名”は、誰のためにある?」
しばらくの沈黙の後、カイゼルは答える。
「秘密です」
その夜、帝国広報局が一通の発表を行った。
《特命参謀補佐 カイゼルを、帝国戦術局 副長官に任命》
その文末には、こう記されていた。
《その名は、帝国の“刃”と定義する。以後、名を継ぐ者の象徴とする》
数日後、カイゼルは新設された“参謀局士官学校”の開校式に姿を見せる。
そこには、かつての彼のように“名もなき若者たち”が並んでいた。
「君たちには、ひとつだけ託したい。
帝国は、設計図では守れない。
だが、“誰かを守るという意志”がある限り、立ち続ける」
その言葉に、誰かが小さく手を挙げた。
「カイゼル閣下、その“意志”の名は、なんと呼べばいいですか?」
カイゼルは、静かに答える。
「……“帝国”だよ。君たちが、継ぐべき名だ」




