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【完結】政略結婚なので愛は不要と告げた初夜に、妻は夫に愛人を紹介しました  作者: 一ノ宮ことね


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外伝第6話:帝国の楔、風を裂く

帝国歴816年――


“カイゼル条項”の成立により、

帝国軍内では「名もなき者たち」が次々と役職と責任を持つようになった。


士から補佐官へ。伝令から指揮官へ。

帝国は、彼が設計した新たな“血脈なき功績主義”へと移行しつつあった。


だがそれは、古き貴族社会への明確な宣戦布告でもあった。


――帝都を揺るがす“風”が吹く。


“王家に忠誠を誓う者”と、“帝国を自らの器とする者”。

その対立が、ついに表舞台に現れる。


そしてその最前線に立たされるのは――


「君は、帝国の“楔”だ」


帝国を保ち、割れ目を抑えるために。

カイゼルは今、剣ではなく風の中で、裂けゆく帝国に身を置く。


帝都・中央軍政庁――


朝霧が残る帝都の上空に、黒鷲旗が半旗で掲げられた。


「帝国議会・上層貴族会の議長が辞任……?」


「いや、病死と発表された。が、実際は――」


「“自宅で毒により急逝”。証拠はないが、噂は止まらん」


このところ、帝都の空気が妙にざわついていた。

表向きは静かだ。だが、貴族邸宅の灯は夜通し消えず、軍政庁内では人事移動が急増している。


帝国の“中心”が、静かに、ひび割れを起こしていた。


その頃、カイゼルは帝都南端に位置する兵站計画室にいた。


「第四補給線、修正案はこちら。

予算は通らないだろうが、問題は“誰が反対するか”です」


「……補給線に反対する者?」


「補給線は“軍の血管”です。誰が通すかではなく、

“誰がそれを握るか”で、次の帝都内序列が決まる」


彼は、もはや単なる戦術家ではなかった。

軍の裏構造――“誰が、どこに血を流すか”を設計する立場にあった。


その夜、アリステアの執務室にて。


「……帝国は、いま二つに割れようとしている。

王家に忠を尽くす“継承主義者”と、力で構造を動かす“実力主義者”とに」


「私は、そのどちらでもない」


「わかっている。君は“帝国を守る者”だ。……だから“楔”になってほしい」


「裂け目の、真ん中に立てと?」


「ああ。両方から打ち込まれ、砕かれても――

その場所に居る者がいなければ、この国は形を保てない」


カイゼルは、何も言わなかった。

ただその手の中に、かつて伝令だった頃の古い軍図を握りしめていた。


帝都の静寂が、音もなく崩れはじめていた。


帝都西区・軍事設計庁別館――


それは正式な軍施設でありながら、

帝国議会が一切干渉できない“特務設計機関”として知られていた。


そこに集まるのは、武勲でも家柄でもなく、

“戦術と技術”だけを選定基準に選ばれた者たち――いわば、帝国の頭脳。


そして、カイゼルの推薦によって抜擢された“名もなき人材”たちでもあった。


「第三兵装区の設計変更、通達が出ました。地形対応に重点を」


「了解。だが、これでは“機動型の再配備”に間に合わない。

設計側が動かないと、現場は死ぬ」


カイゼルは、その場で数本のペンを取り、図面に修正を加えた。


「これでいける。“風”が吹いても耐える。

構造は軽く、支柱は二重に。予算は五分の一、納期は一月短縮」


若い設計士たちが息を呑む。


「……これ、誰が教えたんです?」


「伝令時代、凍った前線の支柱が崩れた。あの時の対処法だ」


言葉よりも早く、彼の手は“帝国の設計”を描いていた。


その夜、設計庁にひとつの報告が入る。


「帝都北東区で、無届けの兵站改修工事が発覚。

現場監督は“旧ノルデン派”の資産家です。……どうしますか?」


カイゼルは、返事をせず、ただ地図にその箇所を印した。


「次の戦場が決まったな」


その言葉は、軍の中心を一瞬で緊張させた。


設計とは、戦術の骨格。

そして、骨格を歪めようとする者は、最も恐るべき“内敵”なのだ。


カイゼルは静かに告げた。


「この帝国を、歪んだまま誰かの所有物にはさせない」


帝都北東区・旧貴族街 再編補給施設――


現場は、図面と異なる“設計”で工事が進められていた。


通路は異様に狭く、出入口には複数の監視窓。

そして何より、兵站用ではなく“迎撃型”の構造を持つ。


「……これは、要塞化だ」


カイゼルは、地図と現地図面を照らし合わせながら言った。


「外部からの侵入を防ぐ設計ではなく、“内部からの逆襲”を想定している」


それは、かつて彼が敵国の防衛構造で見た布陣に酷似していた。


「設計変更を命じたのは誰だ」


「……私ではありません、ただ通達に従って――」


「通達元は?」


「……“帝国中央設計署・臨時指令部”」


「そんな部署、存在しない」


その言葉に、現場が凍りついた。


「“設計を語る偽命令”が、帝都に入り込んでいる。

それも、帝国の図面に触れる位置から」


翌日、カイゼルは直属の兵を連れ、臨時指令部の名を冠する旧庁舎を包囲した。


「この建物は、帝国議会下にあった旧貴族軍設計棟です」


「いま誰が使っている?」


「名簿には“貸し出し中”としか。使用者記録は削除されています」


カイゼルはゆっくりと答えた。


「……つまり、ここが“風の中心”だ」


命令の偽装、図面の改竄、補給線の密輸――

そのすべては、“名もなき設計”に見せかけて進行していた。


彼は地図を広げ、そこに静かに記した。


《帝都楔線A1-壊死》


それは、“帝国の骨”に穿たれた最初の警告だった。


帝都・旧設計庁地下保管室――


カイゼルは、自らの手で地下通路の鍵を開けた。


かつては帝国建築の原図を保管するための空間だったそこは、

今や密命の拠点となり、“帝国の骨格”が闇の中で組み替えられていた。


図面、偽命令、偽名簿、搬入証書。

そのどれもが“本物に見せかける術”を持っていた。


「……これが、帝国を裂く風の正体か」


“風”は、吹き荒れるものではなかった。

静かに設計され、仕組まれ、目に見えぬ形で帝国を崩していく――それは“風の偽装”。


その夜、アリステアから一通の密書が届く。


《王宮内より情報。王位継承者の一派が、帝都構造を“再設計”しようとしている》

《旧貴族軍との連携あり。設計主義者たちの中にも内通者が存在する》

《君に問う。“帝国”とは、誰のものか》


カイゼルは、答えを文にせず、ただ一枚の軍図を送り返した。


図面には、帝都の中央に一本の赤い線が引かれていた。


その線は、かつて伝令として駆け抜けた道筋――

彼が“帝国の中心”として定めた、唯一の“楔”だった。


《帝国は、守るものです。奪うものではない》


その文字が、地図の下に刻まれていた。


翌朝、帝都の中央軍広場には、ひとりの青年が立っていた。


彼の名は、参謀補佐・カイゼル。


だがその背中は、

王宮と議会と軍本部――

帝国の“裂け目”すべてを背負う、“楔”の重みを抱えていた。



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