外伝第4話:帝国を守る刃 ―中尉カイゼル、戦術を刻む―
帝国歴814年。
戦線は膠着しつつあり、前線では局地戦と補給線争奪が繰り返されていた。
その中で、“伝令から昇格した若き中尉”カイゼルは、
実質的に補給戦の指揮権を任されるようになっていた。
作戦指示、物資配分、人員移動、戦術図の作成――
彼の手が入った戦線は、どこも“崩れなかった”。
「アイツの指揮があれば、背中を預けられる」
「守るために動くやつが、いちばん怖い」
「カイゼルの陣形には“血が流れない”って噂、マジだぞ」
彼は、戦場に“傷をつけない”戦術を編み出した。
そして――その力が、ついに帝都に届く。
「その名、“カイゼル”。一度会ってみたいと思っていた」
そう口にしたのは、帝国軍最高司令官――
そして、皇帝直属の諜報部門だった。
東部戦線。フレム森林帯付近。
補給経路の確保を目的とした戦線で、カイゼルは“守りの配置”に就いていた。
だが、彼の“守り”は、他の将のそれとは違った。
「侵攻地点はここだ。敵は三日以内に動く。
だが、迎え撃つのはそのときじゃない」
カイゼルの指示で、偵察兵が周囲の村落に分散し、
衛兵の配置をあえて不自然なほど“目立つ”形で展開させた。
「……わざと隙を見せている?」
「見せた隙は、真の隙じゃない。
敵が“見て気づける”ものは、すでに封じた手だ」
結果、敵は迂回を選び、補給線には一切触れなかった。
その戦いは**“交戦なき勝利”**として、司令部に報告された。
「……実戦なしで防衛成功、か。なるほど。
あれが“守りの刃”ってやつか」
同席していた軍監査官がぽつりと漏らす。
「守るために戦わず、相手の選択肢を潰す……いや、これは戦術じゃなく、“心理支配”だな」
その報告が、ついに帝都の軍本部へ上がる。
「補給線を守り抜いた中尉がいる。
未だ二十にも満たないが、“配置すれば敵が動かない”」
その名は――“カイゼル”。
戦わずして勝つ。
守りの陣形が敵軍を遠ざける。
彼の思考は、すでに“将”のそれだった。
帝都・中央軍本部――
戦術評価局に、一枚の戦場地図が届けられた。
それは、カイゼルが東部戦線で描いた“補給線防衛配置”の写しだった。
「敵軍動線の誘導、虚報による心理操作、偽補給線の陽動……
……これを二十歳未満の中尉が単独で構築した?」
「単独ではないでしょう。彼は“伝令時代の記憶”と“地図の記憶”で動いています。
つまり彼は、“指令ではなく現場を見て戦術を描く”」
「……それは、将だ」
評価局の軍師たちは静かにうなずいた。
「“命令を遂行する兵”ではなく、“状況を見て形を決める者”が、この若さで存在するとは」
その報告はやがて、帝都で最も厄介な人物の手に渡る。
帝国軍最高司令官。
そして、皇帝直属の軍諜報統括――アリステア・フォン・バルネロス。
「カイゼル、と言ったか。面白い」
彼は、すぐさま現地へ“使者”を送る。
数日後。前線基地にカイゼルを訪ねたのは、漆黒の礼服をまとったひとりの男だった。
「中尉カイゼル・ノンネーム・エントリウス殿。
本日をもって、貴殿を“帝都軍本部特務参謀候補”として召集する」
その言葉に、周囲の将校たちが息を呑む。
だがカイゼルだけは、静かに言った。
「その任務に必要なのは、“名”ですか? それとも、“役割”ですか?」
使者は、口元だけで笑った。
「君に必要なのは、“帝国を守る力”だけだ」
カイゼルはゆっくりと立ち上がった。
「了解しました。ではその戦場――地図は、ありますか?」
それが、“守りの刃”がついに“帝国の中枢”へ向かう始まりだった。
帝都・軍本部特務棟――
そこは、帝国の最高戦略が動く場所。
一般の軍人ですら立ち入れぬ、軍の頭脳たちが集う“影の指令所”だった。
カイゼルは、着任初日から作戦室に通された。
中央の巨大な戦略地図。
その周囲には、銀色の装飾が施された制服をまとった参謀たちが並んでいた。
「……例の若手か」
「噂は聞いている。“戦わずして勝つ刃”だとか」
「だがまだ中尉だぞ? あくまで補佐に過ぎん」
そんな声を背中に受けながら、カイゼルは一礼した。
「中尉カイゼル、着任いたしました」
その瞬間、参謀長のひとりが手元の資料を投げるように差し出した。
「これを見ろ。西方・ノクス領で“妙な動き”がある」
地図上には、補給物資の過剰搬入。
通常の防衛線とは異なる“兵の溜まり”が報告されていた。
「これは……内乱の兆候です」
その言葉に、室内の空気が凍りつく。
「どういう根拠だ?」
「兵站の配置が“反乱型の構え”です。
包囲ではなく、“包囲される前提”で物資が蓄えられています。
しかも、一部の貴族家臣団の兵が極端に抜けている」
しばらく沈黙ののち、中央に座るアリステアが言った。
「――面白いな。では君に“任せよう”。
この火種を、本格的に炙り出してくれ」
「……了解しました。
その前に、“動いている貴族”の一覧を照合させてください」
カイゼルの目が、一瞬だけ鋭く光った。
その夜、帝都の参謀記録室では初めて“反逆”の項目に彼の名が記された。
《対内治安:担当補佐・中尉カイゼル》
《想定:帝国貴族による局地的軍事蜂起の可能性》
若き“守りの刃”は今、帝国の内側へと切っ先を向けていた。
帝都・ノクス貴族連盟館――
数日後、カイゼルは一枚の“書状”を持って、貴族たちの私設会議が行われる館に現れた。
「これは何の真似だ、中尉殿」
「ただの確認です。貴族連盟の名を騙って物資を輸送した者の名前を、帝国軍に“誤って”記録してしまったようなので」
その一言に、貴族たちの顔色が変わる。
「貴様、脅しているのか?」
「脅しではありません。……誤記の訂正と、
“これ以上の動きがある場合の”予告です」
彼の背後には、帝国情報局の徽章を付けた兵がいた。
誰も気づかぬ間に、諜報網はすでに張り巡らされていた。
その夜、ノクス領の輸送部隊はすべて停止。
“誤って配置された”部隊が即座に撤退を始めた。
帝国本部には、ただ一行の報告が上がった。
《帝都内不穏因子、動作停止。交戦なし。補給線無傷》
――中尉カイゼル、報告書より
戦わず、血を流さず、帝都の“火種”を消し去った男。
それが、帝都におけるカイゼルの“初陣”だった。
その夜、アリステアは彼を呼び出して言った。
「君は、“刃”ではなく、“楔”だ。帝国を支えるために、これからは中に入れ」
「外に出た方が楽です」
「知っている。だが、帝国は“守るもの”を内側に置きたがる」
「……了解しました」
カイゼルは一礼した。
その足取りは、かつて孤児院で歩いた石畳の感触と、どこか似ていた。




