表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】政略結婚なので愛は不要と告げた初夜に、妻は夫に愛人を紹介しました  作者: 一ノ宮ことね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/37

外伝第3話:無敗の伝令、戦場を翔ける

帝国暦813年――


王都軍学校を卒業したカイゼルは、

そのまま現地戦線へ“伝令官補佐”として配属された。


階級はなし。俸禄も最低等級。

けれど、彼が選んだのは“第一線”だった。


彼は命令書の書式を読み込み、前線地図を手書きで複写し、

司令官の意図を正確に“戦場に届ける”ことに徹した。


「伝令一つで勝敗が変わることもある。間違えたら人が死ぬ」


誰よりも真面目で、誰よりも静かに働く少年は、

やがて**“全軍最速・誤伝達ゼロ”**の異名を得る。


それが、彼の“無敗”の始まりだった――


帝国東境・エンツェル平原前哨――


カイゼルの“初陣”は、いきなり実戦だった。


補給線を巡る小規模な戦闘、と言われていたが、

実際は国境侵犯を狙った敵軍の奇襲であり、現場は混乱の極みだった。


「伝令っ、伝令どこだ!」


「南西の丘、包囲されたって報告きたぞ! 司令に知らせろ!」


「伝令は全員出払ってる! おい、そこの見習い――お前行け!」


砂塵が巻き上がる戦場で、カイゼルは初めて“命を運ぶ”任務に出た。


馬も与えられず、徒歩で。

武器もなく、軍服の袖に「伝令布」を巻いただけ。


戦場の真ん中を、ひとり駆けた。


「……後退命令、南西丘陵。包囲解除が間に合わない。優先は……負傷者搬送……!」


必死で走りながら、脳内で命令文を反芻する。

声に出さなくても、意味と順序を誤らないよう、心に刻み込む。


「伝えるべき情報は三つ。順番に、正確に。余計な言葉は足さない」


それが、教官から叩き込まれた“伝令の掟”。


やがて丘陵が見えてくる。煙が上がっていた。


銃声。叫び声。破裂音。


「……行ける。遮蔽物は右の岩場、そこを使えば……!」


カイゼルは一気に斜面を駆け上がり、火線をすり抜けて、戦地の副司令のもとへ到達した。


「報告します――前線司令・第八書簡の伝令。

南西丘陵、包囲突破不可と判断。負傷者の後送が優先。

増援は後方より半刻以内に到着予定。丘の制圧は見送り、撤退を検討せよとのことです!」


副司令は息を呑んでカイゼルを見た。


「……よく来たな。生きて、ここまで」


「伝えるのが、仕事ですから」


それが、彼の初陣だった。


初めて“死地”を越え、言葉ひとつで人の命を救った瞬間。


その日の夜、軍の伝令官たちの間でひとつの噂が生まれた。


「徒歩で、あの火線を抜けた新人がいるらしい」


「一語も間違えず、正確に伝えたってさ。しかも、無傷だ」


それが、無敗の伝令・カイゼルの名が刻まれた最初の夜だった。



それからのカイゼルは、戦場の“鍵”を運ぶ存在として各地に派遣されるようになった。


彼の名は正式な記録にはまだ残っていなかったが、

現場の兵たちの間では「来たら勝てる」「来ないと不安」とさえ言われた。


ある日の作戦会議。


「……敵軍の動きが早すぎる。第二師団が分断されてる可能性がある」


「伝令が届いていない?」


「三度送ったが、二度が行方不明。一人は死体で戻った」


「…………」


沈黙ののち、前線司令がぽつりと口にした。


「カイゼルを呼べ。無理なら“彼に任せる”だけの判断に切り替えろ」


その言葉に、幕僚が苦笑交じりに言う。


「陛下の命令でもないのに、よくそんな言い方を」


「軍は、勝てる手を使うべきだ。それが伝令であろうと、子どもであろうとだ」


カイゼルの伝令スタイルは、常識を覆していた。


目的地までの経路を“地図”と“現地情報”で三案立てる


状況に応じて「話すべき情報」を順序づけ、話法まで設計する


必要なら敵地の中を通っても構わない――ただし**“絶対に伝える”**


その冷静さと速度は、指揮官たちからは「武器」として認識された。


「……最前線に、“武器としての伝令”がいる」


その言葉はやがて、高位軍将校の耳にも届くようになる。


その冬、カイゼルは正式に“伝令官”として帝国軍の名簿に登録される。


それでも階級はまだ最低位。だが彼自身は一言も不満を漏らさなかった。


「俺は、戦場でしか生きられない。

この身ひとつで、命令を運ぶなら、それでいい」


その声に、誰もが「命を預けられる」と感じた。


彼は、すでに“士”ではなかった。


その存在そのものが、“戦術”だった。


帝国歴813年、秋。


カイゼルの名は、ついに軍内報告書に**“通称付き”**で記録されるようになった。


《伝令官カイゼル・通称「無敗」》

《高精度・高速移動・即応型伝達兵》

《第二級軍勲推薦・現地状況判断力において特異性あり》


だが、当の本人は変わらなかった。


幕舎に寝泊まりし、兵と同じ食を摂り、夜明け前から地図と伝達式文を確認する日々。


ある日、将校の息子である士官候補生が、彼を見てこう言った。


「おい、おまえさ。なんで勲章もらってるのにその服なの?

せめて上官用の襟章くらいつければ?」


「俺は、騎士でも貴族でもない。

ただの伝令官です」


その言葉は、兵たちの間で密かに語られる**“名言”**となった。


だが、そんな彼にも試練は訪れる。


敵国からの強襲で後方通信が遮断され、軍の主力が包囲されるという“最悪の状況”。


司令官は顔を青ざめながら叫んだ。


「伝令を飛ばせ! ……だが、誰が行ける?」


「――俺が行きます」


声を上げたのは、カイゼルだった。


「馬も使えない。道もない。行けば死ぬぞ!」


「構いません。“伝えられれば”それでいい」


その覚悟に、誰もが言葉を失った。


その日、彼は三本の矢を受け、深手を負いながらも、主力部隊へと辿り着いた。


伝達は成功。包囲は突破され、戦線は持ちこたえた。


昏睡三日後、目を覚ましたカイゼルに、司令官は勲章を差し出した。


「これは帝国勲章第二位。もはや伝令の域ではない。

君を中尉に任ずる」


カイゼルは少しだけ間を置いて言った。


「では、報告書を書かせてください。……道順と、矢の位置、地形の死角も含めて」


彼の脳は、すでに次の戦のために動いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ