エピローグ
少年の手は冷たく、骨ばっていて、それでいて――ひどく震えていた。
レティシアはそっとその手を包むように握る。
「……行きましょう。濡れてると、風邪ひくわよ」
「どこへ?」
「うーん……そうね、わたしの“秘密の場所”」
彼女はそう言って、濡れた石畳を軽い足取りで歩き出した。
少年は一歩遅れてついてくる。
歩くのも久しぶりだったのか、彼は少しだけ足を引きずっていた。
「名前……君の名前は?」
「レティシア。レティって呼ばれることが多いわ」
「貴族?」
「うん。つまらないのよ、毎日。
お行儀とかマナーとか、“女はこうあるべき”ばっかり」
「……でも君は自由に見える」
「自由がないからこうして逃げてるの」
レティシアはふと振り返る。
「あなたも、逃げてたの?」
「……逃げる居場所すらない」
その答えに、レティシアの胸がちくりと痛む。
「なら、私が居場所を作るわ」
「……君は変わってるね」
「よく言われるわ。でも、変わってる人間が世界を変えるのよ」
ふたりはそのまま、廃墟になった温室へと入り込んだ。
今では誰も使っていない、だが太陽の匂いのする場所。
レティシアは木箱を並べ、そこにふたりで腰を下ろした。
「ねえ、あなた。世界はね、動かせるのよ。
言葉と意志があれば、たったひとりでも」
少年は黙って、彼女を見つめていた。
「……本当に、君は変わってる」
その言葉に、レティシアはふっと微笑む。
「あなたも私と一緒にこの国を動かさない?」
――それは、王と妃になるはるか昔。
ただの少女と少年だったころ。
ふたりが、互いの“光”になった瞬間だった。




