第十七話 「民衆の戴冠式」
その日は、帝国の歴史に刻まれる日となった。
白銀の空の下、王都メルヴィアの広場には万を超える人々が集まっていた。
理由はただ一つ――“帝国史上初の妃への戴冠式”が行われるからだ。
戴冠式とは通常、皇帝即位に伴って行われる儀礼であり、
妃への“公的戴冠”は帝国創設以来、前例がなかった。
だが、カイゼルは宣言したのだ。
「この人がいなければ、私は帝位に辿り着けなかった。
ゆえに、帝国の正当な戴冠は“ふたりの戴冠”であるべきだ」と。
レティシアはその言葉に戸惑い、躊躇した。
「私には、ふさわしくない」
「ふさわしいかどうかは、民が決める」
「でも――」
「“王妃にふさわしい”にしたのは、君自身だよ」
その言葉に、レティシアは初めて、何も言えなくなった。
戴冠式の朝。
王宮の玉座前室にて。
レティシアは、純白のドレスを纏い、鏡の前に立っていた。
「……緊張、してる?」
振り返ると、セリーヌが立っていた。
「……ええ。こんなに人前に立つの、初めてかもしれない」
「嘘おっしゃい。議会で何度も男どもを論破してたじゃない」
「それは……別の話よ」
「でもね、レティシア。
今日、あなたは帝国の象徴になる。
“この国の未来の顔”になるのよ」
レティシアは静かに目を伏せ、そして言った。
「私で……いいのかしら」
「いいかどうかじゃない。
“あなたでしか、駄目だった”のよ」
その言葉が、彼女の背を押した。
やがて、戴冠の儀式が始まる。
聖堂の扉が開かれ、白馬に乗ったカイゼルが現れ、
その隣に、純白のドレスに身を包んだレティシアが歩く。
民衆の歓声が、嵐のように広がる。
「王妃万歳!」
「レティシア殿下に祝福を!」
その声が、彼女の頬を震わせた。
壇上、ふたりは向かい合い、
大司教から黄金の冠が授けられる。
そして、カイゼルの手により、
レティシアの額に冠が載せられた。
「……レティシア・フォン・グレイス。
汝はこの国の王妃として、帝国を照らす光であることを、我は誓う」
レティシアは、静かに頷いた。
「そして私は、その光にふさわしい道を民と共に歩むと、誓います」
祝福の鐘が鳴り響いた。
民が、涙した。
王も、妃も、もう“ただの象徴”ではなかった。
彼らは、この国そのものの姿だった。
その夜、王宮のバルコニーでふたりは並んでいた。
「……どうだった?」
「少しだけ、泣きそうだった」
「俺は、もう泣いた」
「……見えてたわ」
レティシアが微笑む。
「でも、今日はあなたの言葉に救われたわ。
“君でしか駄目だった”って。……私、一生忘れない」
「それなら、何度でも言う。
君でなければ、俺は王にも、人にもなれなかった」
「……カイゼル」
「レティシア。君は、もう“ひとりの王妃”じゃない。
この国の、希望だよ」
彼女は静かに寄り添い、
その肩に、頭を預けた。
「それなら、あなたと共に照らすわ。
この国の未来を――ふたりで」




