第十六話 「政敵の最後の策動」
帝国議会が動いたのは、朝靄の中だった。
老宰相バルデンを中心とする旧貴族派が、突如として“皇妃の政治不適格”を訴える動議を提出したのだ。
理由はもっともらしく並べられていた。
「王妃殿下の影響力が、皇帝陛下の判断に過度に影響を与えている」
「政の私物化に繋がりかねない」
「帝国の三権の均衡を脅かす可能性がある」――
だが、誰の目にも明らかだった。
これは、“寵愛を受けた女”に嫉妬した政治家たちの最後の足掻きだと。
そのころ、レティシアは政務室で朝の報告を読んでいた。
「……やっぱり、動いてきたわね」
「ええ。最後の手。これを通せなければ、彼らは完全に失脚するでしょう」
セリーヌの言葉に、レティシアは静かに頷いた。
「……迎え撃ちましょう」
その日の午後。議会は緊急招集され、議場は熱気に満ちていた。
「王妃の存在が、帝国の未来を歪めている!」
「王政を支えるのは皇帝であり、妃は政治から一線を引くべきだ!」
声高な言葉が飛び交う中、レティシアはいつも通りの姿勢で壇上に立った。
「静粛に」
その一声で、場が止まる。
「私は、この帝国に身を捧げてきました。
貴族の娘として、王妃として、そして一人の政治家として。
私の発言が“皇帝陛下の意志”に影響していると言いますが――」
そこでレティシアは一瞬、視線をカイゼルへ送る。
「それを“悪”と断ずることこそ、傲慢です」
「皇帝陛下の意志は、私のものではありません。
しかし、私は“国未来を担う者”として、意見を交わしているにすぎない」
「――それを、無能なあなた方は恐れている」
沈黙が走る。
「聡い女性が政治を語ることを。
有識者が、権力を持つことを。あなたたちはそれを“異物”と断じたいだけ」
それは、痛烈な反論だった。
そして――
「異物で結構。
ならば私は、この帝国の“新しい常識”になってみせましょう」
議場がざわついた。
そして、カイゼルが静かに立ち上がる。
「皇妃の言葉に、補足することはない。
彼女は私の妃であり、我が政を支える“最も信頼する政治家”だ」
「彼女を排除するというなら、まずは私を排除せよ」
それは事実上、“王の全面的支持”の宣言だった。
この瞬間、動議は崩れた。
旧貴族派の多くが席を立ち、バルデンは項垂れて沈黙した。
その夜。
離宮の書斎で、ふたりは久々にゆっくりと過ごしていた。
「……疲れただろう?」
カイゼルが紅茶を淹れながら問う。
「ええ。でも、あなたの一言で全部吹き飛んだわ」
「そうか」
「……ありがとう。ずっと支えてくれて。嬉しかった」
「君は、私にとって“最も信頼する政治家”であり――“最愛の妻”だからな」
レティシアは、少しだけ顔をそらした。
「……そういうの、慣れてないのよ」
「ゆっくり慣れてくれたらいい。
どうせこれから、長い時間を一緒に過ごすんだから」
「……うん」
カップが重なり、笑い合うふたり。
帝国の嵐は去りつつあった。
そしてその中心に、ただ一組の夫婦が並び立っていた。




