第十四話 「もう愛してはならないのか」
日が昇る少し前。
王宮の中庭に、露を含んだ薔薇の香りが満ちていた。
レティシアは、その中心に立っていた。
昨日――過去の記憶が繋がった。
彼が“カイ”だった。
彼女が“助けた少年”だった。
そして今は、皇帝と妃として、同じ場所にいる。
それは奇跡で、運命で、
でもそれを“愛”に結びつけてしまうのが怖かった。
「……優しさは弱さだと思ってた」
ぽつりと、呟いた。
そこに、声が重なる。
「君は優しかったよ。だから、あの日、俺は救われた」
振り返ると、そこにカイゼルがいた。
まるで、彼女の迷いをすべて読んでいたかのように。
「……どうしてそんなに、私を尊重できるの?」
「君が、俺にとっての“初めての灯”だったからだよ」
「……もう、愛してはならないのかもしれない。
私には帝国があって、責任があって――」
「俺は、君に“愛せ”なんて思っていないよ」
レティシアの喉が詰まりそうになる。
この人は、なぜいつも先回りしてしまうのか。
どうして、ここまで優しくされるのが、こんなに苦しいのか。
「……好きよ」
小さな声だった。
「……?」
「あなたが、好きよ。怖いけど。
自分が崩れてしまいそうで、怖いけど。
それでも――好きみたい、カイゼル」
カイゼルは、言葉を持たなかった。
ただ、そっと彼女の前に歩み寄り、
震えるその手を包み込む。
「ありがとう」
「……もっと何か言いなさいよ」
「言葉じゃ足りないから。君がくれたその気持ち、
大切に抱きしめることしかできない」
「もう、ほんとに……ずるい」
そう言いながらも、レティシアの声はどこまでも柔らかかった。
そしてふたりは、そのまましばらく言葉なく抱き合った。
初めて、心が重なった日。
それはどんな誓いよりも確かな“始まり”だった。
その夜、セリーヌがティーカップを指でなぞりながら尋ねた。
「で? 昼間は何か進展ありました?」
「……なんで知ってるの」
「何となく空気で」
「……そんなに顔に出てるの」
「思った以上にわかりやすいですよ?」
「……もう、外を歩けないわ」
レティシアは笑った。
これまでとは少し違う、柔らかな笑顔で。
その頃、カイゼルは政務室でペンを止めていた。
レティシアとの関係が変わっても、
政治の現実は止まってくれない。
だが、それでも。
“愛する者が、すぐそこにいる”という実感が――
すべてを乗り越える力になった。
「明日も、君と笑えるように。俺は帝国を護る」
その誓いは、決して声に出すものではなかった。
だが、その心は誰よりも強く、
そして、優しく在った。




