第十二話 「政敵の一手、妃の排除案」
王宮――宰相執務棟の地下階。
帝国の影の中枢とも呼ばれる、貴族会議室で密談が行われていた。
「……やはり、レティシア王妃の存在は危険すぎる」
「そうだ。皇帝の傀儡ではない。彼女は独自に政を動かせる。
まるで、もう一人の“王”が存在するようなものだ。皇帝一人でも厄介なのに、同じくらい帝王学を持った人間がいては我々の時代は来ない」
「今ならまだ、手は打てる。
あの女を排除しさえすれば、皇帝も失速するはずだ」
彼らが口々に語るその対象――レティシア・フォン・グレイス。
今や帝国議会の重鎮にまで一目置かれる存在となっていた。
「……だが、誘拐事件の件で世論は完全に王妃に傾いた。
このタイミングで手を下せば、反感を買う」
「それなら、“自ら辞任させる”形に持ち込めばよい」
「……どうやって?」
「弱みを握る。王妃の実家――グレイス公爵家の資金運用の不正を摘発するのだ。
彼女が関与していた証拠を捏造できれば、政治的に葬る口実になる」
会議室には、重苦しい沈黙が流れた。
やがて一人の男が立ち上がる。
「……やれ」
それは、かつて王の重臣だった老宰相バルデン。
「皇妃の知性と意志は尊重すべきだが、
帝国において“女が王を超える”という前例など言語道断」
誰も反論はしなかった。
密かに、王妃排除計画が始まった。
一方、王妃自身はその動きに、すでに薄々気づいていた。
「グレイス公爵家の財務監査……? ずいぶん急ね」
レティシアは書類を見つめながら眉をひそめた。
「形式上は“定期監査”だと?」
「ええ。ですが明らかに動きが不自然です」
セリーヌが冷静に告げる。
「“王妃の政治的立場を揺らがせるための外堀”を埋めに来てるってことね」
「……まさにその通り」
カイゼルが応接室に入ってきた。
「俺の耳にも入った。動いているのは旧貴族連合の残党。
表向きは“会計検査”だが、目的は明白だ」
「私を“自分で辞任させる”ように仕向ける。
まるで政界の古典劇ね」
レティシアは苦笑し、すっと立ち上がる。
「いいでしょう。正面から受けて立ちます」
「……それでいいのか?」
「陛下、
私は“政治の中”で生きると決めた。誰にも傷つけずに、この席に座ろうとは思っていません。逃げるつもりもありません」
「……ああ。わかった。君に任せよう」
その言葉に、レティシアはほんの一瞬、目を細めた。
彼の言葉が、いちいち心に染みる。
それが煩わしくて、でも少しだけ嬉しくて。
「セリーヌ、調査をお願い。
“証拠のねつ造”に関わる動きがあれば、即座に報告を」
「了解」
その夜、レティシアは父であるグレイス公爵と面会した。
「……父上、最近資金の不自然な動きはありませんか?」
「まさか。すべて帝室に提出する書式に則って処理している。
あの旧貴族どもが騒いでるだけだ」
「でも、書類一枚の“捏造”が命取りになる。
どうか、過去十年分の財務を精査して」
「……わかった。王妃としてのお前を信じよう」
父娘の間に、静かな敬意が流れる。
翌日、議会では“王妃への問責”の動きが始まっていた。
「グレイス家に対する資金調査の結果、
数件の“処理の曖昧な資産移動”が確認された」
「王妃殿下はその責任をどうお考えか?」
質問に立ったのは、あの老宰相バルデンだった。
議場にざわつきが広がる中、レティシアはゆっくりと立ち上がる。
「……その処理が行われたのは、十二年前。
私がまだ十四歳だった頃のものです」
「しかし、王妃の名が補助署名に記録されております」
「ええ。私が“初めて書類に触れた”ときですね。
父の指導のもと、形式上の署名として残されたものです。
ですが――」
彼女は懐から、一枚の証書を取り出す。
「その記録が改竄されている証拠を、私は掴んでおります。
セリーヌ」
「はい」
セリーヌが壇上に進み、証拠資料を掲示する。
「こちらは元帳の複製に、旧式の“魔力印字”が用いられていた証拠です。
近年使用されたインクとは性質が異なり、明らかに後日挿入されたものだと鑑定されています」
沈黙。
ざわめき。
「……バルデン殿。
私に罪を着せたいなら、せめて“証拠の質”を整えてからになさってください」
その言葉に、議場が沸く。
そして、カイゼルが立ち上がる。
「王妃は、帝国のためにその才を尽くしてくれている。
それを貶める者は、“帝位そのもの”への敵対と見なす」
それは、宣戦布告だった。
老宰相は何も言えず、ただ席を退いた。
その夜、レティシアは一人、書斎にいた。
「……疲れた」
深く息を吐き、額に手をやる。
けれど、その肩にそっと羽織られたのは、カイゼルのマントだった。
「……?」
「君が無防備な背中を見せるなんて、珍しい」
「……今日は、少しだけ心が折れかけたの」
「そんなときは、俺に寄りかかればいい」
レティシアは、ふっと笑った。
「あなたって、本当に……甘やかすのが上手い」
「そうかな?」
「でも、今だけは…あなたの“妻”でいさせて」
「いつだって、君は俺の愛する妻だ」
静かな夜に、ふたりの呼吸が重なっていた。




