夜はただ静まっている
「...綺麗だ」
「それって私のこと?」
いけない。声に出したつもりはなかった。だが彼女の反応を見るに、自然と口にしてしまったらしい。
「嬉しいなあ。そんなこと言ってくれるなんて。」
彼女はそう言って俺の方を見ながら微笑んだ。
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俺は夜道を散歩するのを日課としている平凡な高校2年生だ。なぜ散歩をするのかというと、もちろん星を眺めるためだ。星は美しい。一つ一つに別の輝きがある。そして何より心を落ち着かせてくれる。どんなに学校生活で色々な悩み事があっても、星を眺めていると自分の悩みがどれだけちっぽけなものなのか気づかせてくれる。
夜道は危険と考える人もいるだろうが、俺の住んでいる地域はそこまで都会じゃない。現に、星の良さに気付いた中3の秋から今まで変わったことは何も起こらなかった。
だが、そのときは前触れもなくやってきた。
俺がいつも通り空が雲で隠れていないことを確認してから散歩を始め、15分程度経った時だった。
前から人が歩いてきた。もちろん警戒はする。だが、その人物の顔が街頭に照らされはっきり見えた瞬間、俺の警戒心が一気にとけ、口が勝手に動いてしまっていた。
「...綺麗だ」
今までも何回か人とすれ違ったことはあったが、こんなに美しい人を見たのは初めてだ。見た限り俺と同い年か年上に見える。
先ほどまで眺めていたどの星よりも美しいと感じた。パッチリとした二重に長いまつ毛、夜風に吹かれなびく黒く美しい髪に俺は見惚れてしまっていた。
「それって私のこと?」
声も美しい。
俺は少し恥ずかしくなりながらも静かに頷いた。
「嬉しいなあ。そんなこと言ってくれるなんて。」
そう言って俺を見ながら微笑んでくる彼女を見ていると鼓動がどんどん速くなっていく。
そのまま立ち去ることもできず、少しの間俺も彼女も沈黙してしまう。半袖の服を着ている俺の腕や首筋に夜風があたり涼しく感じる。
俺は絞り出すように彼女に向けて言葉を発した。
「名前を教えてもらってもいいですか...」
彼女は一瞬戸惑うそぶりを見せた。たしかに急に名前を聞くなんて気持ち悪かったかも知れない。だが彼女は、俺に微笑みながら答えてくれた。
「悠月星歌っていいます。星歌は星に歌って書くの。」
星を連想させる美しい名前だ。俺はこの星の名前を忘れることはないだろう。
「君は何君なのかな?」
彼女が俺に聞いてきた。彼女には名乗ってもらったのに、自分が名乗らないというのは失礼だろう。
「夜宮星冬です...。星冬は星に冬です。」
「君も名前に星が入ってるんだね。君は星、すき?」
「はい...大好きです」
「私も大好き...」
夜空を大人びた表情で眺めながら、そう言う彼女に俺は胸の辺りがモゾモゾした。こんな感覚初めてだ。
ー ああ、これが恋か、 ー
そこで俺と彼女はわかれた。彼女の顔を思い出すだけで、明日からの散歩が余計に楽しみになってしまった。
だが次の日もその次の日も夜道で彼女、星歌さんに会うことはなかった。
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おかしい。ここ数日彼女に会えていない。
嫌だ。このまま会えないなんて。
嫌だ。このまま自分の気持ちを伝えられないなんて。
そう、あれが俺の初恋だ。今まで女性に対して恋愛感情を抱いたことがなかった。これは俺の大切な、大切な初恋なんだ。
俺は夜道で彼女を探しながら歩いていた。
今日は満月だ。もしかしたら... という淡い期待を胸に俺は彼女を探し続けた。
自分の気持ちを伝えた結果がどうなってもいい。伝えることが大事なんだ。伝えなきゃダメだんだ!
それから何分探しても星歌さんは見つからなかった。あれは俺の妄想だったんじゃないかと疑うほどに...。
俺は近くの公園のベンチに座った。諦めどきが来たか。そんなことを考えながら、夜空を見上げる。美しい。満月だけではない。周りの星々もいつもより美しいと感じる。
今までの悩み事はこの星空を見ているとどうでも良くなった。だがこれはダメだ。忘れることなんてできない。俺はうつむいてしまう。
夜は静かだ。いつも風の吹く音のみが俺の耳に入ってくる。
だが、今確かに聞こえた。足音だ。
俺は素早く顔を上げる。すると空にあるどの星よりも美しい星が目に入った。
「綺麗だ...」
「もう、また言った」
俺の目の前には、そう言いながらくすくすと笑う星歌さんがいた。
「今日も星は綺麗だね、星冬くん...」
「とても綺麗です」
俺は彼女にそう答えた。
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