相撲に関連する作品(相撲小説「金の玉」「四神会する場所」シリーズは、別途でまとめています)
豊昇龍の横綱昇進反対論
令和7年初場所、優勝決定巴戦の結果、2度目の優勝を果たした豊昇龍。横綱審議委員会に昇進の諮問がなされたということで、ネットでは横綱昇進が確実となったとの見出しがアップされています。その千秋楽当夜に横綱昇進に関して思うところを書いてみました。
豊昇龍が2度目の優勝を果たした。
今、その初場所千秋楽当日の夜であるが、
横綱審議委員会へ昇進の諮問をすることが明言されたということで、豊昇龍の横綱昇進は確実となったとの見出しがネット上にアップされている。
諮問を受けて見送られたのは、
昭和43年夏場所後の玉乃島(のちの玉の海)、
昭和44年九州場所後の北の富士
平成6年秋場所の貴乃花
と、3例あったかと思うので、現時点では横綱昇進確定という訳では無いが、見送りというのはかなり稀な事例であったので、豊昇龍の横綱昇進は
ほぼ確実になったと言えそうである。
が、私はこの初場所後の豊昇龍の横綱昇進には反対だ。
断っておくが、私は現行の横綱昇進基準、目安をもっと厳しくするべき、と思っている訳ではない。
むしろ、過去、
「この成績でなぜ昇進させないのだ」と
憤ることのほうが多かった。
小錦は横綱昇進して当然と思われる成績を残した時期があったし、
旭富士、貴乃花は、実際に昇進した場所よりも、もっと早い段階で横綱昇進して当然と思われる成績を残していた。
その私が何故、今、豊昇龍の横綱昇進に反対するのか。
その理由は、直近3場所の成績が、
8勝7敗、13勝2敗、12勝3敗。
通算33勝12敗というのは横綱に昇進させるには低すぎると思うからである。
では過去に直近3場所通算33勝12敗という成績で横綱に昇進した力士はいなかったのか。
第41代横綱 千代の山は、
11勝4敗、8勝7敗、14勝1敗。
第47代横綱 柏戸は、
10勝5敗、11勝4敗、12勝3敗。
私の記憶では、この33勝12敗というのが、
1場所15日制が確立して以降の、直近3場所通算での横綱昇進最低勝数であったかと思う。
では、豊昇龍もその最低基準は満たしているではないか、と思われるかもしれない。
が、千代の山、柏戸には、その勝数でも横綱昇進させてもいいのでは、と、納得できる理由があった。
千代の山は、新大関の場所(昭和24年秋場所)で13勝2敗、その翌場所(昭和25年春場所、当時は年3場所)12勝3敗で連続優勝した。
が、当時は「大関で2場所連続優勝したら横綱昇進」などという内規はまだ存在せず、
千代の山は
・優勝といっても勝数がやや不足
・横綱にするにはまだ若いのでは
といった理由で、その際は横綱昇進は見送られた。
そういう経緯、実績があったので、14勝1敗で
3回目の優勝をした際に、横綱昇進となったのであった。
前述したように年に3場所の時代であるから、優勝3回というのは、単純計算すれば、年6場所の時代に換算したら、優勝6回に相当する。
柏戸については、同時に横綱に昇進した大鵬の直近3場所は、
11勝4敗、13勝2敗(2度目の優勝)、12勝3敗(3度目の優勝)で
通算36勝9敗。
33勝12敗の柏戸とは、勝数に3勝の差があるし、大鵬が連続優勝しているのに、柏戸は直前場所で、大鵬、明武谷と三人の優勝決定戦に進出したが、大鵬に敗れている。
この成績で、何故、柏戸も同時に横綱昇進できたのか、と思われそうだ。
が、直近5場所をみてみると
大鵬は、
10勝5敗、12勝3敗、11勝4敗、13勝2敗、12勝3敗で、通算58勝17敗。
柏戸は、
13勝2敗(初優勝)、12勝3敗、10勝5敗、11勝4敗、12勝3敗で、通算58勝17敗。
相星だったのである。
そして、大鵬、柏戸のこの時点での対戦成績は、
柏戸の7勝3敗。優勝決定戦の敗戦を入れても
7勝4敗。
ゆえに、
大鵬は横綱昇進して当然の成績を残した。
が、柏戸は実力的には大鵬と互角。
大鵬を昇進させるのであれば、柏戸も昇進で良いのでは、
という理由で柏戸も同時昇進することになった。
昭和36年秋場所後のことである。
名横綱、栃錦、若乃花の「栃若時代」。
その一方の雄、栃錦は前年の夏場所に引退し、
若乃花ももう引退間近と見られていたから、
このとき、21歳の大鵬、22歳の柏戸。
二人の若くて長身の大型力士を同時横綱にすることによって、また人気を沸騰させたい、
そんな思惑もむろんあったであろう。
さて豊昇龍は、どうであろうか。
令和5年名古屋場所で初優勝しているが、
この年の年間成績は、通算59勝31敗。
令和6年の年間成績は、通算61勝26敗3休。
大関として見れば、立派な安定した成績と言えるであろうが、
直近3場所、33勝12敗という横綱昇進させるには低い数字を担保するような顕著な成績とは言えないであろう。
私が、豊昇龍の現時点での横綱昇進に反対するのは、
歴史的整合性が取れないからである。
この成績で豊昇龍を横綱に昇進させるのであれば、
昭和63年初場所から、平成元年夏場所までの9場所
14勝1敗(初優勝)、12勝3敗、12勝3敗、11勝4敗、12勝3敗、12勝3敗、14勝1敗、13勝2敗、13勝2敗。
9場所通算113勝22敗。
横綱であっても、これだけの長期に渡って好成績を残し続けているのは、大横綱と称される力士に限られるだろうと思うのだが、それでもこの時点では、まだ横綱に昇進できなかった旭富士。
平成3年夏場所から平成4年春場所にかけて、
14勝1敗、12勝3敗、11勝4敗、13勝2敗(2度目の優勝)、12勝3敗、13勝2敗(3度目の優勝)。
6場所通算75勝15敗。
これだけの成績を残しながら横綱には昇進できず、
結局、最高位が大関で終わった小錦。
平成5年夏場所から秋場所
11勝4敗、14勝1敗(3度目の優勝)、13勝2敗で
横綱昇進の声がかからず(この時点で昇進していれば、史上最年少横綱になっていた。ちなみに北の湖は、10勝5敗、13勝2敗(2回目の優勝)、13勝2敗で横綱昇進。史上最年少横綱となる)、
平成6年夏場所から秋場所
14勝1敗(5度目の優勝)、11勝4敗、15戦全勝(6度目の優勝)でも横綱昇進を見送られた貴乃花。
豊昇龍を、この初場所後に横綱昇進させるのであれば、
上記の成績でも横綱にはなれなかった
旭富士、小錦、貴乃花に、その昇進見送りの理由をどう説明するのであろうか。
実は推定できる理由はある。
昭和61年名古屋場所後、その時点では千代の富士が、ひとり横綱となっていたこともあり、
10勝5敗、12勝3敗、14勝1敗というのが直近3場所の成績だった北尾(横綱昇進により双羽黒と改名)が、それ以前を含めても、優勝なしであったにもかかわらず、横綱昇進となった。
その双羽黒が、横綱在位8場所で、優勝がないまま不祥事により、昭和62年末に相撲界を離れた。
甘い成績で横綱にしてしまったから、というような論調により、以降、横綱昇進については2場所連続優勝という内規が厳格に適用されるようになった。
前記の旭富士、小錦、貴乃花の、横綱昇進見送りは、2場所連続優勝をしていない、というのが
主たる理由であったかと思う。
が、第35代横綱 双葉山から第62代横綱 大乃国まで、約半世紀で28人の横綱が誕生しているが、
その中で2場所連続優勝して横綱に昇進したのは、
双葉山、栃錦、大鵬、北の富士、琴桜の5人だけなのである。
それなのに、
第63代横綱 旭富士 から第70代横綱 日馬富士
約22年間で誕生した8人の横綱は、全て2場所連続優勝しての昇進である。
これなど、私は確率論的にいってとても不思議な現象と思っている。
話がそれてしまった。
71代横綱 鶴竜は2場所連続優勝での昇進ではない。
となると、以降は稀勢の里も、照ノ富士も2場所連続優勝での昇進ではない。
今回、豊昇龍が昇進するのであれば、
これからは、2場所連続優勝しなくても横綱昇進OKの時代がまた来ることになるのであろう。
横綱昇進というのはその時々の状況によるご都合主義であり、定見などはない。
ということであろう。
が、そうであっても、この成績で、豊昇龍を横綱昇進させるのであれば、
長い伝統を紡いできた相撲の歴史というものに対して、その残してきた記録というものに対して、
敬意に欠けるのではないかと、私は思う。
そして、もともとそんな基準も無いはずであるが、直近3場所33勝というのは、近年やたらに言われている大関昇進の目安とされている数字ではないか。
直近3場所33勝という数字、その出現頻度はどれくらいあるだろう。
36勝、37勝といった勝星よりも、その出現頻度は多くなるであろう。
これからは直近33勝を横綱昇進の目安にするのであろうか。
33勝だから即だめ、と思っているわけではない。
前記の千代の山や柏戸のように、納得できる状況、理由があれば、昇進で構わないと思う。
今回、反対しているのは、私には納得できる理由が見い出せないからである。
この成績、状況での昇進。これがひとつの基準になるのであれば、これからの番付は長期的にみてどういうことになるか、その展望も踏まえて、未来の相撲の歴史に対しても責任を持てるのであろうか。
優勝決定巴戦、見応えありました。
優勝インタビューも好感度大でした。
豊昇龍、いいなあ、と思うし横綱昇進するのなら個人的には、とても楽しみなのですけど、
これまでの相撲の記録、歴史を色々考えると…
こんな文章になってしまいましだ。
豊昇龍には申し訳ないです。