結界
白土雪音は、アリスが一人で戻って来たのを確認すると、すぐさまステージに戻り、混乱した現場の収拾を行った。
そして自らステージに立つと、お詫びの言葉と、今回のステージは終了したことを伝える。
「是非とも完全な形でお見せしたいので、次回にご期待ください」
雪音がそう言うと、客席に残っていた熱心な客が拍手をした。
ステージ裏に戻ると、彼女のスマホにメッセージが入った。
メッセージはカカシ男、案山からのものだった。
『警察がケースの中身に目をつけた』
雪音は案山が持ち去ったことで返ってアリスの注意を惹きつけてしまったこと、放っておいても仕組みは分からなかったはずだ、とメッセージした。
横にいたブリキの木こり、鉄葉は普段着に着替えながら、そのメッセージを見て、言った。
「霊能課の刑事なら近づけば『呪物』かどうかぐらいわかるだろう」
「カカシの判断が正しいというの? おかげでステージはめちゃくちゃよ」
「別の方法があったかもしれない、というのはあったけど、持ち去ったことで『呪物』かどうかはバレなかった」
「けど、そんな大袈裟に持ち逃げすれば『大事なものです』と言ってしまったも同じ」
確かにそのまま放っておいてもダメだったろう。
というとは、バックステージに刑事が入ってくる前に処理しなければならないのだ。
「とにかく、次はもっと対策をしておかないと」
「それは同感だ。で、今晩はどうする? 刑事が付き纏っているようなら、中止した方がいいと思うが」
「いいえ。今晩のイベントは決行するわ。塹壕ゾンビはかなり注目を集めているはずなのに、SNS内で止まっている。オールドメディアに広げるには、もう一押し必要なの」
鉄葉の美しい顔が歪む。
「なんでオールドメディアにこだわる。テレビや新聞に取り上げられても、見聞きするのは年寄りだけだ」
「大衆はオールドメディアに取り上がられたことを『真実』として認識するわ。非常に洗脳度の高いメディアなのよ。我々が本当に必要とするものはSNSのバズりじゃない。大衆の洗脳なの」
「……」
鉄葉は苦悩するように自らの短い髪を撫で回す。
「意味が分からない」
だからあなたは『ブリキの木こり』なのよ、と雪音は思った。
彼には人の心理が理解できない。
だから雪音は彼に『ブリキの木こり』の役を与えた。
鉄葉は、今もなぜ自分がブリキの役なのかわかっていない。
「相談もしたいから、一旦、集会場に集まりましょう」
「それは賛成だ」
スタッフは片付けを終え、次々と帰っていった。
雪音はドロシーの格好のまま、ステージの外に出た。
鉄葉は直接集会場に向かう為、構内で別れると、雪音は野外ステージの鍵を庶務課に返し、次の公演の為に学生課に書類をもらいに向かう。
彼女は時折視線を感じて後ろを振り向くが、注意するべき人物はいなさそうだった。
雪音は思った。
警察は、てっきり私をつけてくるものだと思っていた。
こっちに来ていないとしたら、鉄葉の跡をつけているのかもしれない。
鉄葉にさらに注意するようにメッセージを送る。
その後も雪音は無駄に電車を乗り継ぎながら、跡をつけてくる人間を撒くように行動した。
日も暮れた暗い道を、集会場に向かって歩いていると、やはり視線を感じた。
雪音が視線の方向を見ると、やはり誰もいない。
ただ月が昇っているだけだった。
「……」
視線を感じるのは、警察に迫られ、自分の意識が昂っているためなのだろう。
雪音はそのまま集会場に着くと、入り口にある門をくぐった。
その時、爆竹が破裂したような音がした。
音に驚いて、雪音は門を入ったところで立ち止まった。
集会場を管理する警備員が、雪音を見つけて近づいてくる。
「わ、私何もしてません!」
両手を挙げてアピールした。
警備の男は、無線でどこかと話をしてから、雪音に微笑みかける。
「心配ないよ。さっきの音は君の跡をつけてきた式神か何かが、門に仕掛けた結界を破れずに破壊されたということだ」
「……式神、ですか」
「一応、心当たりを聞いておくことになっているんだが、覚えはある?」
警備員はメモを取り出すと、そう言った。
「警察です。霊能課の警察が、私を訪ねて来ました」
「霊能課の警察…… ね。わかった。行って良いよ」
雪音は一度ここに集まることにしておいてよかった、と思った。
そのままスマホを取り出して、メッセージを入れる。
『式神に追跡されてた。式神が消えたことはわかるだろうから、施設に長居するのはまずい』
まず、ブリキの木こりである、鉄葉が反応した。
『もう俺は施設に入ってる。けど入る時、結界に何も引っ掛からなかったぜ』
次にカカシ男、つまり、案山が遅れて返信した。
『こっちはまだ集会場に行けそうにない』
『なら、ここではない別の施設に寄って。式神につけられているかもしれないから、必ず結界を通ってから来るのよ』
雪音はそう返信すると、施設内で待っていた鉄葉の肩を叩くと、二人はすぐに施設を出発した。
この集会場は、保守党の支持団体である宗教に関連する施設だった。
信者から寄贈された土地に建てた集会場が、東西、南北、一定の距離内に点在していた。
メッシュのように存在するこの施設は、教団の力と影響力を具現化したものだ。
施設の数は集票力と、集金力、すなわち政治力に直結している。
『わかった』
雪音は先に集会場を出ると、周囲を確認した。
「誰かいたか?」
雪音は首を横に振った。
さっき結界に引っかかったのだから、もし次につけてくるならリアルな人間の姿だろう。
二人はそのまま大きな通りに出ると、タクシーを拾った。
雪音が目的地の住所を告げると、奥に座っていた鉄葉が彼女の顔を覗き込んだ。
「少し寄りたい場所があるの」
「……」
鉄葉は乱暴にシートに寄りかかると、ムッとして腕を組んだ。