オズの魔法使い
時間は少し遡る。アリスは宮内庁に、内親王が求める『麗子とカンナの連絡先』を教えた。
ランナー失踪事件に関する皇居内の調査は柴田に任せ、アリスは『ユキネェ』を調べていた。
デモをしていた時、彼女は『オズの魔法使い』のドロシーのコスプレをしていた。
アリスはその時、公園で撮影した画像を見直した。
おさげ髪に、白いシャツ、青いワンピースを着て、カカシとブリキの木こりも一緒にいた。
ネットにこれに似た画像が転がっていないだろうか。
アリスは単純に画像検索をかけた。
画像検索を結果をいくつか見ていくと、彼女の本名は白土雪音、関東ローム大学の二年生だとわかる。
「ああ、そうか。自分の名前をハンドルにしているのね」
同じデモに参加していたカカシは案山宗。
もう一人、ブリキの木こりは鉄葉杣男と言う名で、この二人も雪音と同じく関東ローム大の同期だった。
関東ローム大学はある保守党の支持基盤である教団が運営している大学だ。
「またこの教団か……」
いくつかの事件でこの教団が関わっている事件があり、アリスは少々嫌気がさしていた。
アリスは電車をおりると、関東ローム大のキャンパスへ向かった。
xxx 『不発弾処理費用を大国に負担させる会』
彼女たちの主催する『米国に抗議する団体』が今日は大学内で集会を行うと言う掲示を見てやってきたのだ。
キャンパスに入ると、いきなりチラシを配っている学生がいて、アリスはそれを受け取った。
米国に抗議すると書かれたチラシの中には、この前行進しながら訴えていた三つの事柄が書かれていた。
一つは『アメリカは不発弾の処理費を支払え』であり、次が、『東京を爆撃したのは条約違反』で、最後は『米軍は不発弾を持って帰れ』だった。
以前とチラシの内容は変わらない。
アリスはチラシを大学構内にいるための免罪符とするかのように手にもち、大学構内をどんどん奥へと進んでいく。
チラシに書いてある集会場所が見えてくる。
そこは野外で音楽や演劇などを行う施設だった。
ステージの近くにはそれなりの人数が集まっていた。
雪音たちがいるか確認しようと、客席を下がっていくと後ろから声をかけられた。
「それ、アリスのコスプレですよね?」
答えないでいると、声をかけてきた学生が彼女の正面に回り込んできた。
「めちゃくちゃ似合ってますね。写真撮ってもいいですか?」
すでにスマホを向けて撮る気満々だ。
ここで断って騒ぎになるのもまずい。だが、どんどん撮影する者が増えて、前にも後ろにも進めなくなるのはもっと困る。
「撮ってもいいけど……」
アリスは警察手帳を見せた。
「あまりシツコイと公務執行妨害ってことになるから」
正面に回り込んだ二人の学生の目が泳ぐ。
「し、失礼しました」
アリスは順調にステージにおりていった。
ステージの袖に雪音の姿を見つけると、アリスは手を振った。
アリスが『不思議の国のアリス』の格好をしているのと同様なのか、雪音も『オズの魔法使い』のドロシーに扮していた。
雪音は彼女が現れたことに戸惑っていたが、ステージからおりてアリスに話しかけてきた。
「今日はなんのご用ですか?」
「なんのご用!?」
アリスは笑った。
「あまり調子に乗らないことね。ただ騒ぎを起こしたいだけならともかく、実際に事件を起こしてしまったらしっかり捜査を行うわ。場合によっては逮捕もありえる」
「逮捕状もないのに容疑者であることを言いふらすなら、名誉毀損で訴えますよ」
雪音は左手を背中側に回し、視線をバックステージ側に向ける。
すると大きな声がかかり、同時にマイクを使って音声が流れる。
「本日メインの演目、ゾンビ三十人による『スリラー』の始まりです」
大音量の音楽と共に、ステージ袖から大勢の演者が駆け上がってくる。
たちまちステージは墓地になり、さまざまな姿のゾンビがキレのあるダンスを始めた。
ディスイズポップ。
これこそ全世界で何度も再生されただ。
「私もこのショーに出演するので、失礼します」
雪音はそういうとステージに上がった。
彼女にセリフはなく、ゼスチャーで助けてとか、逃げ惑う様子を表現する。
「なかなかうまいじゃない」
いや、そこじゃない。
アリスは三十人と宣言していたゾンビの動きが気になった。
学生ダンサーにしては上手く踊れている。
それどころか、周囲とのシンクロが高すぎるのだ。
まるで紐で繋がれたように、ピッタリ一致している。
それは人間業ではない。ロボットか、マッピングされた映像か何か。
「これ『塹壕ゾンビ』なんじゃ……」
アリスが疑念の目を向けると、ドロシーの格好をして真ん中で踊っている雪音が気がついた。
ダンスに魅入られてか、集会に集まった連中が、次第にステージに近づいてくる。
もしこれが『本物』だとしたら、この集会に集まった人間を人質に取られたようなものだ。トランプを弾き出しても、同時には三十人のゾンビを抑えきれないだろう。
アリスの考えが分かったのか、雪音はニヤリと笑いながら、全くリズムに乗らないタイミングで、ゾンビの列を一歩、また一歩とステージ端に近づけた。
アリスは考えた。
こんな場所で、これだけの数のゾンビを作り出しコントロールするには、本人の霊力の強さも必要だが、もっと別に何か強力な呪物があるはずだ。
いつもドロシーの格好をしているなら、その格好の中に何か秘密があるのか。
いや、そんなことはない。
そんなものを持っていたら溢れ出す力で、すぐに分かっただろう。
だとすると、バックステージ側に違いない。
アリスは客に紛れながら、雪音の目を避けて呪物を探し出そうと考えた。
こんな時ばかりは、アリスの格好であることがマイナスに働く。
しゃがんだり、走ったりしながら雪音から姿を消そうとするが、上手くいかない。
だが、チャンスは訪れた。
ダンスしている全員が一旦後ろを向いた。
アリスは近くにいた観客の一人に術をかけ、アリスの格好に見えるよう仕向ける。
そのままアリスはフェンスを超えてバックステージ側に走り切った。
ダンスしている雪音が前を向いた時、彼女はアリスが仕掛けた術でアリスに化けた客に視線を向けた。
アリスはそのままステージ裏側へと入っていく。
何か強い霊力を持った呪物があるはずだ。
アリスは堂々と裏側を歩き、霊力の元となる呪物を探す。
ステージの真裏あたりまで入ってくると、開いたケースの中から筒状のものが出ていた。
筒の胴の部分には、赤、緑、黄色といった原色のラインが幾何学的に描かれている。
「!」
アリスがそのケースに近づくと、藁の服をきた男がアリスを追い抜いていき、アリスが見ていたジュラルミンのケースを慌ただしく閉じた。
そしてそのまま胸に抱えると、アリスから遠ざかるように走り去っていく。
「待ちなさい!」
アリスはカカシ男を追った。
カカシはアリスが入った側と反対の扉から出ていく。
流れていたの音楽が止まり、ざわざわと騒ぐ声が聞こえてくる。
ステージ袖から、雪音がバックステージ側に入ってくる。
「何があったの!?」
雪音はアリスの姿に気づくと、血相を変えて追ってきた。
アリスはカカシ男が出て行った扉から出ると、分かれた道があった。どちらにもカカシ男の姿は見えない。
アリスは左の道を選び、追っていく。
走っても走っても姿が見えない。アリスは選択を誤ったことを知った。
息を整え、アリスは振り返る。
ステージ近くまでくると、雪音の姿が見えた。
アリスは彼女から見えないように背中を向けると、ポケットからトランプの束が入った紙のケースを取り出した。
アリスが指で箱を弾くと、カードが一枚飛び出してくる。
ダイヤの『J』だった。
アリスが指でカードを摘み上げると、呪文のような言葉をかける。
するとカードから描かれた『ジャック』の姿だけが消えた。
そしてアリスにだけ聞こえる声が広がった。
『なんの用ですか』
「白土雪音を尾行して」
『あそこにいるドロシーの格好をした女性のことですね』
アリスは横目で雪音を確認する。
「そう、彼女よ。彼女はカカシ男と合流するはず。その時カカシ男から受け取るジュラルミン製のケースを追って」
『承知いたしました』
アリスは頷き、絵柄だけ消えたカードをケースの中に戻すとポケットに入れた。